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部屋に辿り着く。ダイニングテーブルに向かい合って座る。
「コーヒーは今飲んだばっかりだからな」
「いえ、おかまいなく。それより早々に引っ越しはしないんですか?」
心配そうに尋ねる志津香。
「辛いですよ。だから私も早く引っ越ししたい。でも色々と仕事の方が忙しくて。この部屋に戻ると辛くなって涙が出そうになるんですがね」
穂南を失ったことは本当のことなので嘘泣きでもなく涙が出そうになる。
「それで穂南の遺書の内容を教えて頂いて貰ってもかまいませんか?」
歩巳は躊躇う演技をしながら、一度呼吸を吐き話始める。
「これは志津香さんだけに伝えます。他言しないと誓えますか?」
「はい。分かってます」
志津香は大きく頷いた。歩巳はゆっくり話始めた。もちろんこれは保険なのだ。歩巳にとって大きな問題になった時のために。こちらから探りを入れて後に辻褄を合わせればいいと考えた。
「確かに穂南はお金に困っていたようです。そして会社の金に手をつけた」
志津香は口に手をつけ驚いた。
歩巳は刑事の度会に話した内容を慎重且つ、同じように志津香に聞かせた。矛盾を作ってはいけない。
「……そういうことです」
志津香は目を伏せ肩を震わせた。
「やっぱり私のせいだ。私のせいで穂南は自殺した。もしかして金額とか……」
「五百万ほどです」
歩巳は間をおいて答えた。それを聞いて志津香は泣き崩れた。
「やっぱり、私が穂南にお願いした金額……ごめんなさい。ごめんなさい」
いきなり地べたにひざまづき土下座をして志津香は頭を擦りつけた。そのまま床は涙の滴が何滴も落ちた。
「志津香さん、やめてください」
歩巳は近づき志津香を抱き抱えた。
「確かに原因はそうかも知れない。だけどもう忘れてください。穂南はもう戻りません。このことは誰にも言いません。もちろん警察にも。これは二人だけの秘密です。だからもう泣かないでください」
志津香は歩巳の胸で号泣した。歩巳は志津香の肩を抱き締めた。
──これで、切り札を手に入れた──
その顔は笑みを浮かべていた。
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