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そのまま遺書の整合性を確かめるため、歩巳は度会たちと会社に向かった。
「殺風景ですな」
度会は顔をしかめた。
「はい、まだ立ち上げてようやく軌道に乗り始めようとした頃ですので、まだ色々揃ってないんですよ。そんな時になんで……」
歩巳は声を震わせ俯いた。
「そうですか。では現金はいつもどこに仕舞ってらっしゃるんですか?」
「そこです」
小型の電子金庫を指差した。
「いくら金庫といってもお粗末ですな」
度会は歩巳を鋭い眼差しで見つめていた。目付きは流石だ。
「先ほども言いましたが、まだ立派なものを買う余裕がないんですよ」
「これだと盗まれても仕方ないですな」
「面目ないです」
鍵を差し込み暗証番号を入力する。ピピッと音が鳴り、鍵を回すとあっけなく金庫はカチャリと音がして開いた。
「ここに本当はあるはずなんですが。どうぞ、お調べください」
中を開けることなくそのままそこから離れ、度会達に促した。
「失礼しますね。現金らしきものがありませんね。ここに入れていたんですよね?」
「はい。そのつもりでしたが。私も金庫に現金が入っていたのは確認しています。やはりないというなら……残念です」
歩巳は肩を落とした。
「合鍵は吉井さんもお持ちなんですね?」
「はい。持ってます。経理を任せてますので」
「そうですか。もちろん暗証番号もご存じで?」
「もちろん、知ってますよ。彼女を信頼してましたから」
腑に落ちない表情で度会は歩巳を舐めるように見たが今のところは供述通り合っている。別におかしいところはない。穂南の首筋のアザも不自然な方向に出来ていなかった。そして暴れたような形跡もない。
「分かりました。では暫くはもう少しだけ調べたいこともありますので、こちらで用意したビジネスホテルにお泊まり頂けるようお願い出来ますか?」
「そうですか、仕方ありません。分かりました」
「それではよろしくお願いします。またお伺いしたいことがあるかと思いますが、その時はご協力お願いします」
「分かりました。出来る限り協力はさせて頂きますよ」
度会は踵を返し歩巳のオフィスを出て行こうとしたが振り向いた。
「悲しくありませんか? 加藤さん? もうじき結婚予定だったんでしょう?」
「もちろん悲しいですよ。しかし今はあまりにも突然で。それに穂南が裏切っていたんですから……混乱してます」
「そうですか。では失礼します」
──ひと先ずは欺けたのか……?──
確かにこの件で殺人は犯していないが、歩巳は不安で今夜は一睡も出来ずにいた。
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