狂気の華 咲くは屍

6/13
前へ
/44ページ
次へ
 穂南はある文房具屋に向かった。レターセットを一部、手に取った。なるべく派手ではないものを選んだ。  ──私はもう明日にはこの世にいないのだろう──  そのまま何事もないようにレジでそれを買いバックに仕舞った。私の近くには見張りがいる。逃げ出すつもりはない。これは私たちがあの時、逃げ出した罪であり、そしてそれを受け入れる覚悟を決めたからだ。いろいろ考えた。親友の恋人を奪ったから今の立場なのか? これがみず知らずの人を見殺しにすればこう追い詰められることはなかったのか。しかし、それはもうどうでもいいことだろうと頭を巡らせた。  歩巳のマンションに着いた。と、同時に一人の女もそそくさとエレベーターに乗ってきた。彼女は違う階のボタンを押した。私は三階のボタンを押す。知り合いと思わせないためだ。穂南は三階で降り部屋の鍵を開けた。彼女は慎重に非常階段を降りて来た。誰にも見られないように彼女は歩巳の部屋へ入って来た。  すべては彼女の指示通りだった。いざその時になればなるほど死の怖さが増して来る。しかし彼女は微笑みながらそれを許さなかった。 「しっかりとあなたたちの愛を確かめてあげるから」 「ねぇ、どうして自首ではいけないの?」  最後の抵抗を試みた。 「そうね。強いて言うならどっちも許せないからかしら」 「えっ?」 「轢き逃げに至った経緯からあなたたちはまず、間違いなく捕まるでしょうね。立場的にあなたの方が罪が軽い。穂南なら間違いなく彼が出て来るのを待つと思う。そこから結ばれるのは正直怒りしかない……」 「それは分かるけど……」 「だけど、逆にあなたが彼を待てずに別れたとしても怒りが増すのよ……こんな簡単な愛情に直紀を奪われたかと思うと……怒りでどうにかなりそうなのよ……ふふっ」  彼女は笑う。多分もう何も通じない。 「だから、あなたの命で愛情を確かめさせてもらいたいのよ。私たちの愛情より上だってことを……彼がちゃんとあなたを愛しているって……」  志津香の目はあの頃の優しい目ではない。もう狂気を宿している。  ──志津香は狂ってる。狂気に支配されてる──
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加