狂気の華 咲くは屍

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「分からない? もちろん、穂南には命を掛けてもらった。そして私が椅子を蹴ったんだから、私がどう足掻こうが殺人者よ。別にそれで私が捕まるのはかまわなかった」 「何を言いたいんだ? 志津香……」  白いドレスを着ている志津香が逆に今は不気味に映る。 「名前を呼ぶのは止めて! あなたに名前を呼ばれると鳥肌が立つのよ!」  志津香は睨んだ。 「あの私が書いた遺書……字は穂南に真似て書いたわ。でもね、ばれるものよ、あんなもの。どんなに上手く真似ても筆跡は……警察が調べればすぐに別人が書いたものって……そしてそれはあなたの字じゃないし……じゃあ誰が書いたって……簡単に私に辿りつくでしょうね」 「もしかして……」 「そうよ。そしてあなたはそれを処分してしまった。私が偽造したものを永遠に分からないものにしてしまった……警察が私に、あなたの行いのせいで辿りつけなくしてしまった……」  歩巳は言葉が出なくなる。 「あなたは新しく遺書を作った。おかげであなたは追われるはめに……。だけどそれは轢き逃げの件じゃない。穂南の自殺の件であなたは疑われる。おかげでいろいろ細工もしたわ。わざとお金に困った振り。わざと知り合いがいる目の前でATMに駆け込んだり、そして親友の元彼と付き合ってるなんて……前の同僚に話したり……。でも一番の細工はあなたに好意を寄せてると思わせたことかしら。これが一番辛かったけど。だって鳥肌が立つような相手に抱かれないといけないんですもん。汚されていく私への細工が一番辛かった……刑事さんも振り回されたことでしょうね」 「しかし、そんなことしてもただ疑われるだけじゃないか? 実際穂南を殺したのは俺じゃないし……」 「そうよ。別に警察にあなたを捕まえて欲しいとは思ってなかったから。のうのうと生きてるのが許せなかっただけで、警察を利用しただけ。疑われて疑われてあなたが苦しむ姿を楽しみたかっただけよ」  志津香は震える歩巳の目を見てたんたんと話を続ける。 「だけど、もし、私の遺書を残していたら、そうはならなかったのにね。遺書の内容が轢き逃げの件であってもあなたは多分罪にならなかったから」 「──えっ?」  歩巳は言葉を振り絞った。 「轢き逃げの物的証拠は何もないのよ……。警察が疑っても、足掻いてもそれ以上はどうすることも出来ない。あなたは故意に隠すことも出来ないし。それは隠すもの事態がないんだから。それに私が書いた偽りの遺書なんだから信憑性の欠片もないでしょ?」  志津香は哀しそうな顔をした。 「あなたがそのままその私の書いた遺書を残していたなら、すべての容疑は私に掛かったはず。偽造した遺書は間違いなく私が真似た筆跡だから。そんな疑わしいことをしたら警察は必ず私を追求する。別にそれを隠すつもりもなかったし。私が遺書を偽造した理由なんて適当にでっちあげれば私は穂南を殺した殺人犯として完成する」  歩巳は志津香の狂気じみた言葉を黙って聞いている。 「だけど例え捕まっても私はあの直紀の事故の件だけは何も言わないつもりでいたわ。あなたを守るために。穂南があなたのために命を掛けたのだから私は約束を守るつもりだった。でも、あなたは自分のことだけを考えた。自分だけを守ろうとして、あなたを守ろうとした穂南を……あなたは簡単に裏切ったのよ……」  志津香はゆっくりと広角をあげ微笑んだ。 「だから、芽生えたのよ……あたなに対して憎しみっていう狂気の種がね……」
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