吉良志津香という女

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吉良志津香という女

 吉井穂南の葬儀が滞りなく行われた。来賓の席に歩巳は座っている。もし結婚していればあちら側だったなんだなと思っていた。  穂南の両親は会うなり土下座をしてきた。 「申し訳ない。加藤さん。娘が大変なことをしました。それなのにこんな最後をあいつは。本来なら生きて罪を償わないといけないのに。本当に申し訳ありません──」  父親は何度も地面に頭を擦りつけた。血が滲んでしまいそうな勢いで頭を打ち付けた。 「お父さん、やめてください。お母さんも……ここはそんな所じゃないじゃないですか? 私も穂南さんが悩んでいることに気づけなかった。逆にこちらが申し訳ないと思ってるんです……だから……」  演技をする自分が辛かった。穂南の両親は突っ伏したまま号泣している。歩巳は項垂れたままだ。遺影の中の笑顔の穂南も棺の中、目を伏せ眠るような穂南もまともに見ることが出来なかった。  鑑識の結果、自殺で間違いないという結果だった。他殺の線はないとのことだった。度会は何度か歩巳の元を訪れた。度会だけは歩巳を疑っていた。しかし、自殺をしたことは事実なのだ。歩巳が手を掛けた訳ではない。便箋の件もそうだが、度会がもう一つ疑いを持っていたが穂南の金銭的なものを疑っていた。なぜ五百万という大金が必要だったのか。借金などもないことを執拗に質問してきた。ただ歩巳は分からないというしか答えようがなかった。いや答えないといけないのだ。  ──言動だけは気をつけなければ──  改めて歩巳は無情にも穂南の亡骸の前で決意を新たにした。酷い男だと思いながら悲劇の男を演じ続けた。
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