第3章

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「あ、あ、あの……」  しかし、じっと見られるとなんだか食べにくいし、飲みにくい。  そう思いヘレナがそっと視線を逸らせば、ルーカスは「ごめんね」と言いつつ、口元を緩めた。  その仕草は「ごめんね」という言葉とは、ひどく不釣り合いだと思う。 「ヘレナ嬢があんまりにも美味しそうに食べているから……見惚れてしまったんだ」  その後、ルーカスはさも当然のようにそう言って微笑んだ。  だから、ヘレナはぽかんとしてしまう。 (私、そんな、美味しそうに食べたり飲んだりしていたの……?)  鏡があれば、自らの表情を見てみたいと思う。  それほどまでに、ヘレナにとってルーカスの言葉は意外なものだった。  その所為なのか、はたまた別の理由なのか。ヘレナが顔に熱を溜めながら俯いていると、ルーカスは「ごめんね」ともう一度謝ってくる。  ……彼は、謝るようなことを言っていない。それに、そんな態度を取ってもいない。  謝るのは、筋違いなのに。 「い、いえ……その、驚いただけ、ですので」  途切れ途切れになりながらも、自分の気持ちを伝える。すると、彼は「そっか」と言いながら紅茶を口に運ぶ。  さすがは名門伯爵家の当主というべきか。彼の仕草は無駄のないとても美しいものだ。きっと、誰もが見惚れてしまうような。そんな動き。 「ところで、ヘレナ嬢。……この後、どうしようか?」  優しくそう問いかけられて、ヘレナはこのカフェに入った理由を思い出す。  しかし、相変わらずなにも思い浮かばない。  何処に行きたいとか、なにを食べたいとか。なにを買いたいとか。  元々欲が少ないヘレナには、上手い返しが思い浮かばない。
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