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あえて言うのならば、観劇に行きたい。それくらいだろうか。
(でも、ルーカスさまだって舞台俳優なの。……ほかの舞台を観に行こうと言ってしまえば、嫌がられてしまうかもしれない)
けれど、ルーカスのことを思うと、その提案は憚られた。
そのためヘレナが黙り込んでいれば、ルーカスは「あっ」と声を上げて、持っていた鞄の中を漁る。
そして、彼が取り出したのは、二枚のチケットだった。……そこには、ここら辺にある大型劇場の名前が綴ってある。
「アレックスさんから、勉強がてら行ってきたらどうかと言われていたんだ。……よかったら、今から行かない?」
「……今から、ですか?」
「そう。これは関係者のチケットだから、座席とか時間とか。そういうものは書いていないんだ」
確かにルーカスの取り出したチケットは、普通のものとは少し違うようだ。
「アレックスさんが、この劇場の支配人と古い友人でね。チケットを手に入れてくれたんだ」
ヘレナが口に出さなくても、ルーカスは理由をなんのためらいもなく話してくれる。
……そういうこと、ならば。
心の中でそう思い、ヘレナはこくんと首を縦に振った。
「私で、よろしければ……」
それから、小さくそう付け足す。
「ヘレナ嬢。私でよろしければ、じゃないんだよ。俺は、キミと行きたいんだ。そう、思っている」
だけど、ルーカスはヘレナの言葉を優しく切り捨てた。
その言葉にヘレナがいたたまれなくなって、視線を逸らす。すると、ルーカスは「決まりだね」と言って紅茶を口に運ぶ。
「次の演目が始まるのは、今から四十分後。ここから徒歩で五分程度で着くから、もうちょっとゆっくりとしようか」
「あ……はい」
ルーカスがふんわりと笑って、そう言ってくる。
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