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その様子を見つめつつ、ヘレナは壁にかかった時計を見てハッとする。
「ごめんなさい、テレシア。私、もうそろそろ失礼するわ」
時刻は午後五時。普段ならばあと一時間以上語り合い、テレシアの実家でもあるハルトマン子爵家の馬車で送ってもらうのだが、今日は生憎と言っていいのか、両親に「早く帰ってきなさい」と言われていたのだ。
だからこそ、別々に帰宅する予定だった。
「あら、まだまだ語り足りないのに……」
「この埋め合わせは、必ず後日するわ」
「そういうことだったら、仕方がないわね」
ふぅと息を吐きながら、テレシアが納得してくれる。
そんな彼女を半ば拝みながら、ヘレナは紅茶を飲み干し、残っていたケーキを口に詰め込んだ。
それから自身の飲食代をテーブルの上に置いて、早足でカフェを出て行く。
(……お父さまも、なにもこんな日に呼び出さなくてもいいじゃない)
実のところ、ヘレナは本日父であるメイプル男爵に「大切な話だ」と言われていたのだ。
ヘレナはつい先日十八歳を迎えた。そろそろ結婚を真剣に考えなくてはならない時期だ。
ヘレナには兄と姉が一人ずついるので、自然と嫁入りになる。父はヘレナにいい相手を見繕うと言っていた。
……なんだかんだ言っても、末の子は可愛いらしい。
そんなことを思い出しながら、ヘレナは人通りの多い道を歩く。
けれど、時計を見れば少々焦らねばならない時間となっていた。五時半には帰ってきなさい。母にはきつくそう言われていたが、今は五時十分。ここから徒歩で帰宅となると、三十分はかかってしまう。
(あぁ、もうっ! ついつい推し語りに時間をかけてしまったわ……! こうなったら、近道するしかないわね)
正直なところ、人通りの少ない小道を通るのはあまり好きではない。
だが、父を怒らせると面倒なのは目に見えている。普段は温厚な父も、理由もなく遅刻することに関しては烈火のごとく怒るのだ。
「仕方がないわね」
そう呟いて、ヘレナは近道をするべく、狭い小道に足を踏み入れた。
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