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ヘレナはゆっくりと小道を進んでいく。
まだ空は明るいとはいえ、人通りが少ないと何処となく不安な気持ちがヘレナの胸中に渦巻いた。
(……うぅ、なんとなく、嫌な予感が)
どうしてそう思うのかは、いまいちよくわからない。
そんな風に考えつつ、ヘレナは一歩、また一歩と足を前に踏み出していく。
正直なところ、ヘレナはあまりこういう場所が好きではない。貴族令嬢が一人でこんな小道を歩くなんて……と、父に口うるさく言われるためだ。
だが、ヘレナは自称平々凡々な娘である。それゆえに、自らが襲われることなど滅多なことではないと考えていた。
それに、実家だって大貴族ならばまだしも、末端貴族。ヘレナを誘拐したところで、得られるメリットなど多くはない。むしろ、罪を背負うという意味では、デメリットを被ってしまうほどなのだ。
(……ふぅ、なんとか抜けられそう)
もう少し歩けば、貴族の街にたどり着くことが出来る。
そう思いほっと息を吐いていれば、ふと「嫌よ!」というような叫び声が聞こえてきた。
その声は女性のものであり、まるでなにかに縋っているかのようだ。
(もしかして、痴話喧嘩?)
だとすれば、なんとはた迷惑なことだろうか。
人通りが少ないとはいえ、こんな道端で喧嘩をするなんて……。
そう思うが、ヘレナはためらうことなく確実に足を前に踏み出していく。
「……そんなこと、言われても困るんだ」
「どうして!? どうして、私じゃダメなの!?」
前に足を進めれば進めるほど、鮮明に声が聞こえてきた。
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