白川結衣の失敗

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 節々と頭は相変わらず痛く、高熱で火照る身体は鉛のように重い。そんな中で追い打ちをかけるように吐き気に見舞われたわたしは、何とかして身体を起こすと、トイレに向かうために寝室を出た。  焦りながらも吐かないようにゆっくりと気を付けながら短い廊下に足を踏み入れると、冬彦がリビングから出てきて、えづくわたしと目を合わせながらも何食わぬ顔でトイレに入ろうとドアノブに手を掛けた。  え?ちょっと待って。吐いちゃう。  壁に手を突き、もう片方の手でマスク越しに口を押さえて息を荒げるわたしに、冬彦はトイレのドアを開けながら聞いた。 「俺の飯はどうすんの?」  ――え?  驚いて唖然とした私は何も答えることが出来ず、再度えづいたけど、なんとか吐くのをこらえて考えていた。  LANEでインフルエンザだと伝えたときから、仕事帰りにコンビニかスーパーで梅かゆのパウチやポカリを買ってきてくれるものだと信じていたのに、冬彦さんは何も買ってきていないどころか病気の私に夕食を作らせるつもりだったらしい。いや、梅がゆもポカリも自分で買ってきたけど、普通家族が病気になったら食事は準備するよね?  インフルをうつされたくないと言いながら夕食を作らせようとする矛盾もさることながら、この酷い人は本当にわたしが好きになった冬彦さんなのだろうかと疑問を抱くと同時に、失望し絶望して、病気で弱っているせいもあって泣き出しそうになっていた。  ネットでよく見る、妻が病気のときに「俺の飯は?」発言。まさかわたしにも降りかかるとは夢にも思っていなかった。  冬彦がトイレから出てくるのを待つことが出来なかったわたしはトイレの前で吐いてしまった。マスクを付けていたから口の前にゲロが溜まり、すでに廊下にこぼれているにも関わらずマスクを両手で覆いながら、とっさにお風呂場に行こうとしたけど更に吐いてしまい、マスクに溜まっていたものも溢れて大量に廊下になだれた。  トイレから出て来た冬彦はゲロを見るなり「うわっ汚ったね!くっさ!」と顔を歪め、「ちゃんと片しとけよ!」と鼻をつまみながらゲロを避けてリビングへと戻っていった。  廊下に四つん這いになり、苦しくて死にそうなわたしの目からは涙がこぼれ落ちていた。
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