お花見

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お花見

 あてもなく、ただ街を歩いていた。  人が多すぎる。  車もたくさんで騒がしい街。  人の声に加え至るところにあるビルのスクリーンから流れてくる音。  こんなにうるさくて皆平気なのか。  耳をふさぎたくなりながら私はただ一心不乱に歩き続けた。  しばらくするとようやく静かになり、目に入ってくる景色も変わり始めた。  緑の木々に囲まれた広場を見つけた。  走ったりボール遊びをしたりと人の声は聞こえるが、先ほどのような車の音やスクリーンからの音がしないだけまだマシだった。 「ほう……」  広場の一角に綺麗なピンク色をした木が密集している場所があった。  私はその美しさに引き寄せられるようにふらふらと近付いていった。  このかわいらしいピンク色は何なのだろう。  あまりの美しさに目が離せなかった。 「おい、お嬢ちゃん」  しばらく立ち止まって上を見上げていると首が痛くなってきた。 「なあ、お嬢ちゃん!」  下を向くと、地面に座っているおじさんと目があった。  どうやらさっきから私がお嬢ちゃんと呼ばれていたようだ。 「はい」 「どうだい、一杯飲むかい」  おじさんはアルミ缶を私に差し出した。 「これは?」 「あ? ビールだよ」 「ビール……いいのか?」 「おうよ、一杯飲んでいきな」  私はアルミ缶を受け取っておじさんの隣に腰をおろした。  アルミ缶を眺めているとおじさんが「貸してみろ」と言い私の手からまたアルミ缶を取りあげた。  ――プシュッ 「ほら、こうやって飲むんだよ」  私はおじさんの言う通り、アルミ缶に口を付けビールを一気に喉の奥へと流し込んだ。 「ぷはー!」 「ワッハッハ! お嬢ちゃん、一気飲みかよ! アッハッハ!」  よくわからないが、笑っているおじさんを見ていると私まで可笑しくなってきて一緒になって笑っていた。 「楽しいな……」  何が楽しいのかはわからないが、私の口から出た言葉はそうだった。 「楽しいだろ? お花見は」 「お花見?」 「こうやって、満開の桜の花を見ながら飲む酒は最高だ」 「桜の……花……」 「なんだい、お嬢ちゃんは桜も知らねえのかい」  このピンク色の花は桜というのか。 「春になると見かけるだろ? これが桜。桜を見ながら飲んだり食ったりする、それが花見だ」 「花見……」 「お嬢ちゃん、記憶喪失にでもなったのか? それともあれか、お嬢ちゃんは宇宙人か。ワッハッハ……」  このおじさんはなかなか鋭い。  私はたった今地球に来たばかりの、言わば宇宙人だ。  汚染された星を駆除するかどうかの偵察隊。  今、地球の至るところで仲間たちが地球を偵察しているはずだ。  私は上を向いて満開の桜の花を眺めた。  こんなに美しい景色を見るのは初めてかもしれない。  これを失くしてしまうのはもったいない。  少なくとも私は地球を駆除するのはまだ早いのではないかと報告することにしよう。 「お嬢ちゃん、まだあるぞ」  ――プシュッ  おじさんは今度は先に缶ビールを開けてから私に差し出した。 「ありがとう」  私はまた口を付け、一気にビールを流し込んだ。 「ワッハッハ! 気持ちいいなあ、お嬢ちゃんの飲みっぷりは」 「ぷはー! アハハッ……」 「ハッハッハ……」  このお花見をぜひとも仲間に教えてあげたい。  私はなんだか身体が火照ってきて頭がふわふわとして気持ち良くなっていた。  よくわからないが、楽しくて楽しくて、桜を見ながらしばらくおじさんと笑っていた。           完
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