桜色の絆

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 あんなに好きだった人とは思えないくらい、何とも思わなかったな。それは勿論、今の私には同じくらい好きな人がいるからというのもあるだろうが。本当に志信に対して何も感情を抱かなかった。不思議。  今でもたまに思い出すから、未練があるのかと思っていたけれど。どうやら違ったみたいだ。志信は今やもう過去の人だった。過去の人と久しぶりに会っても、何も感じなかった。 「ごめん、嘘。あれ元カレ」 「え、あ、まじ?」 「うん。初めてできた彼氏」 「あらー」  憲治がちらっと志信の方を見ると「イケメンだね」と言った。 「イケメンでしょ」 「まぁ、俺の方がイケメンだから」 「それ本当にイケメンの人が言うから成立するんだよ」 「ぐさっ」 「効果音口にしないで?」  私たちは笑い合うと、お酒をちびちびと飲んだ。 「教えてくれてありがとね」 「いや、別に。何となくで言っただけだし」  私は唐揚げを食べると、落ちてくる桜の花びらを見つめた。ひらひらと舞う桜は孤独に見えたけれど、同じように落ちている桜を見て違うと思った。 「未練あったりするの?」 「あるのかなーって思ってたけど、なかったっぽい」 「そう」  憲治がホッとした表情を浮かべた。 「大丈夫だよ。私は今、憲治が一番好きなんだから」 「あっ、そう?」  満更でもない表情を彼が浮かべる。私は「うん」と疑いのない声で言った。 「俺も綾子が一番好きだよ」 「……嬉しいけど、なんかバカップルみたいで嫌だな」 「言い始めたの綾子じゃん!」 「まぁまぁ」  私はけらけら笑いながら、今度はだし巻き卵を口の中に入れた。じゅわっとだしの味が広がって、まろやかな口当たりに酔った気分になる。お酒が回ってきたみたいだ。  もう一度だけ、志信の方を見た。向こうも楽しそうに笑い合いながら、ご飯を食べていた。私は憲治の方を向き直ると、少しだけはにかんだ。  過去の思い出を胸にしまいながら、新たな幸せへと歩み始めた。彼らの幸せを祈りながら、一歩ずつ前に。 (了)
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