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お気軽★桜トリップ
あたしには秘密の力がある。
毎年、春。桜が咲く季節にだけ発動する能力で、誰にも言っていない秘密の力。お母さんにもお父さんにも、妹にも言ってない、あたしだけの秘密。
あたしは桜の木を渡り歩くことができるの。
簡単に言えば、瞬間移動ってところね。
桜の木の前に立って意識を向けると、どこか別の桜の木の前にワープできる。
場所は指定できない。
時間も長くは居られない。
すぐに帰ってきちゃう時もあるし、小一時間散歩するときもある。
何の役にも立たないけど、あたしはこの力を気に入っていた。
だって、ガチャみたいで面白いんだもの。
都会生まれのあたしにとって、美味しい空気を吸えるだけでも、生まれ変わったような気持ちになれるし。
「特別なお花見」。
知らない土地の街並みや場所が違うだけで、佇まいが全然違って見えるのに、どこに行っても迎え入れてくれるような気持になれて、とってもリラックスできる。
自分だけの桜旅行、この時期だけのお楽しみなの。
さあ、今日はどこの桜に飛ばしてくれるのかなっ。
この前SNSで見た、秘境の桜かな? それとも海外の桜かな? 満開の夜桜もいいな~……!
なんて思いながら、あたしは意識を集中させていく。
夕映えを背に、白く鮮やかな花がもたらす感覚に意識を委ねて──
────わあ、満開の桜!
「すごい、ここ満開だ! うわあ!」
「……え、今、どこから?」
「え!?」
聞こえた声に驚いて振り返った。
知らない男の人! イケメン! タイプ! 好み! まって! 見られた!? っていうかイケメン!!!
「ち、違うんですあのこれはべつにその、あた──」
慌てて声を上げるあたしの意識が、遠のいていく。そしてあたしは元の桜の木の前に戻っていた。
「…………ま、待ってよッ…………!」
愕然とそこに立ち尽くす。
めっちゃかっこよかった。
いつも「桜綺麗だった~!」で埋め尽くされてたあたしは今、それどころじゃなかった。
「ねえ、今のどこ!? 何県!? さっきの人誰!? もう一回会いたい! ちょっとぉ!!! 今のどこ!? 何県だったの~~~~~~~~!!??」
今日ほど『瞬間! 桜トリップ』にもう一度を願ったことはない!
ねえ、何県だったの!?
さくらの神様あああああああああああああああああああ!!
「さくらトリップ」/END
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