ウェルテルの花

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 乾いた発砲音がマイクで増幅され、スタジアムにいる全員の耳をつんざいた。刹那、明日香の頭から赤い血が噴き出し、彼女の身体はステージ上に倒れ込んだ。飛び散った血と脳漿はまるで舞い散る花弁のようだった。  悲鳴と怒号。  明日香は観客やメンバーが見守るなか自殺したのだ。 ***  アイドルの公開自殺のニュースに誰もが悼み悲しんだが、どこかそれを迎合する雰囲気もあった。  希望の持てない現代。  生きていても仕方がない社会。  それが今の世界だ。  そんな世界で今、若者を筆頭に全ての世代で『美しく死ぬこと』が生きる目標となっていた。いかにして死に際を美しく飾るか。それは流行を超え、カルチャー化しつつあった。  明日香の自殺は最高に美しいと称する者が現れ、死者を悼むと共に死を称賛する動きもあった。その動きは段々とエスカレートし、今や『美しく死ぬこと』は一種のショーの様相を呈している。  自殺者の数はうなぎ登り。自分磨きイコール死ぬ時のステータス上げ。美しく死ぬために全財産をなげうって整形する者まで現れた。  社会構造は大きく変革し、死はよりいっそう加速する。  誰もが間違っていることを認めながら是正する気のない不治の病に世界はおかされていた。
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