ウェルテルの花

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***  業界最大手の超一流企業・花菱(はなびし)商事に勤める新入社員の理香(りか)は、つまらない仕事を片付け、席を立とうとした。  業務内容はひどく簡単だ。正社員ではなく、派遣社員にでも可能な仕事だろう。だが、理香は高給取りだ。三流大学出身でろくに勉強もせず、取り柄もこれといってなかったが、親のコネだけで花菱への入社を華麗に決めた。  理香は花菱の大手取引相手の社長の愛娘であり、社内の誰もが理香の機嫌を損ねないように気を遣っているのが分かった。理香は通常の社員と同様に扱ってもらって一向に構わなかったのだが、自分の能力では他の同期達がこなしているような高度な業務はできないだろうから、大人しくしていた。  待遇に不満はない。実家暮らしで家族仲は良好。小さい頃からお金に困ったこともなく、かといって気取ったり悪ぶったりせず、ごく真面目に生きてきた。 「あれ、帰るんですか。今日は部会の日ですよ」  定時退社しようとした理香を同僚が止める。そういえばそうだった。今日は部長主催の飲み会の日であった。参加表明はしたがあまりにも興味がなく、すっかり忘れていた。  理香は大人しくストンと席に座り直す。部会は三十分後。先程まで使っていたPCは電源を切ってしまっていたため、仕事をする気にもなれず(大した仕事もなかったが)、スマホを見る。 (アイドルの自殺に爆破テロに安楽死。みんなそれぞれ美しく死んでるなあ)  親に引かれたレールを辿ってきた理香にとって画面の向こう側の死に様はとにかく美しく、素晴らしいものに思えた。 (私もいつかあんな風に死んでみたい。でも、勇気が出ないなあ)  レールを外れようと思えばいつでも外れることはできた。遠くの大学でひとり暮らしをするとか、バイトをするとか、趣味に没頭するとか、そういったものに憧れはあったが、ついぞ踏み出せなかった。親の掌の上で踊ることは非常に楽だったからだ。怠惰といわれても仕方ないが、最低限の努力はしてきたつもりだし、そこいらの人間では一生かかっても手に入れられないほどの富もある。 (飲み会は黙ってやり過ごそう)  部長はパワハラ・セクハラ・アルハラの三拍子が揃っていることで有名だ。ハラスメントは一時収まった時代もあったというが、見事に復活を遂げている。個人主義が極まるとそうなるらしい。だが、その横暴も理香には及ばない。理香を傷付けたら最期。部長の社会人生命は終わりを遂げるだろう。
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