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黙示 (前編)
「悪魔よ、退け!」と聖人が叫ぶと、
今にも襲いかかりそうだった魔物は消え失せ、
垂れこめていた恐ろしい黒雲も引いていきました。
物陰に隠れていた人々はただ感心して、
その光景を見守るばかりです。
かつて私は各所で、そんな舞台を演じていました。
しかし、心の中ではこう思っていたのです。
「この銀河系には、皆さんよりも
進歩した種族が数多くいます。
私は彼女達を統治する星間帝国のために、
貴方達の文明発展を助ける仕事をしています。
でも、ご免なさい。 今はまだ、
そのことをお知らせできないのです……」と。
文明とは、高度な技術を伴う生活様式です。
技術は私達に大きな力を与えますが、
それは両刃の剣でもあります。
それまで、古き先進種族と突然に出会った
若き発展途上種族は、遥かに進んだ文明を前に、
過剰依存や意気阻喪、あるいは
突然得られた高度な技術の悪用・誤用や副作用から
衰退・自滅してしまうことが多かったのです。
そこで私は、皆様の目から私達の存在を隠して、
秘密裏に観察・支援する方法を考えました。
特に「全能なる神は善き人々を救う」という神話は、
人々の心を癒し、救いを与える文化活動であると共に、
社会を健全に保つ政策を助ける、優れた社会技術でした。
それは知的種族が抱く限りない想像力や欲求を満たしつつ、
それらが速く育ちすぎないよう社会のために制御して、
初期文明の発展を支援するのに大きく貢献したのです。
何しろ帝国の最先進段階にある種族達は、
全ての人々の人格を量子頭脳網に転移しています。
そうした種族は膨大な演算能力や共有人格形成能力を得て、
種族全体が帝国の様々な役職を務められます。
また、個々の人格が量子頭脳に宿って母星外に赴き、
様々な生物・機械工学的身体に人格を再転移して、
自由自在に活動することもできるのです。
様々な星で神話を広めるために天使や聖人、
悪魔や怪物を演じるのは容易いことでした。
後に私は、若き種族が帝国と公式に接触したとき
皇帝種族が支持を得やすいよう、配慮も加えました。
偉大なる皇帝種族のような性格の神を中心に、
他の様々な種族に地位や外見が似た天使や悪魔が
登場する神話を、作って用いるようにしたのです。
皇帝種族は峻厳ながら慈愛に溢れ、
見識の高い種族でした。
その昔、近隣恒星の新星化により滅びかけた
私の種族を救ったのは、
すでに多くの種族を率いて星間帝国を建設しつつある、
彼女だったのです。
彼女は銀河統一後の平和社会建設を念頭に、
肉体的にも性格的にも戦士には不向きな
その種族を助けました。
そして帝国の公用語で〝逆境に抗う者〟
〝滅びを拒む者〟という意味の名称さえ与えて、
私達の生存と帝国への加盟を祝福してくれたのです。
私の種族は彼女の先見的・人道的な配慮に心を打たれ、
その恩義に報いるべく民生分野での貢献を希望しました。
そして途上種族の支援に力を尽くした結果、
私自身もこうして人格の量子化を認められ、
文明開発長官の地位を得ることができました。
しかし、そんな帝国にも問題はありました。
国家建設に功績のあった軍事種族の増加が止まらず、
特に皇帝種族の側近団をなす〝中枢種族〟達が、
領土拡大の停止と共に、腐敗と抗争に陥ったのです。
帝国政府は軍事技術による銀河統一に専心する余り、
経済・社会活動を健全に保つための利害調整や、
それに必要な人々の向上、政府組織の改革といった、
新政策の導入に失敗してしまったのでした。
中枢種族は新興の産業・技術種族に不法な要求を行い、
統一戦争に敗れて以来、発展を制限されてきた
銀河系外周の種族からも、資源を奪い続けました。
それに加えて彼女達は、
未来ある種族達を自らの傘下に収めようと、
私達の支援計画にも非人道的な干渉を加えました。
力を増した中枢種族の一部はさらに、
皇帝種族を傀儡化し、帝国の実権を掌握するに至ります。
そして遂には相互の内戦を引き起こし、
皇帝種族を初め多くの種族を滅ぼして、
帝国を崩壊させてしまったのです。
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