一人と一人

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カウンターの向こうで店員が焼き鳥を炙っている。立ち上がった煙は幕になって席と厨房を仕切る。 そんな店の一角。 私は今日も宮崎先輩をご飯に誘っていた。 何杯目かの焼酎をちびと飲んで、お酒をたしなむという言葉がよく似合う先輩に語りかける。 「私思うんですけど、先輩よく一人で旅行ってますよね。インスタのストーリーによくあげてるじゃないですか。すごいですよね、私だったらみんなと一緒にわいわい喋りながらじゃないと耐えられなくなりますよ。」 視界が少し揺らぐが、この感覚はいつも通りだ。 先輩が意外だという風に私に目をやる。その、お酒に酔っているものの凛々しい目で見られていると、急激に顔が熱くなっていくのを感じた。 きっとこれも酒のせいだ。 「んー、なんか、意外だね。君はてっきり一人でいるのが気楽だと思ってたんだけど。よく、そういうこと言うじゃん?最近家で一人でいることが楽でって。」 「まあ、それはそうなんですけど、でも一人だと旅行中に何かあっても、んー、例えば、綺麗な景色を見てもなんか面白いハプニングが起きても、それを人に共有しようとSNSにあげて反応を待ってもちょっと冷めるじゃないですか。というか、分け合いたいと思っちゃうんですよね。」 「あ、だから、時々写真送って来るんだ。」 「なんか、分け合いたいなって思うんですけど、送る相手いないので送っちゃうんですよ、すいません。」 「いや、別にいいよ。見てんの面白いし。んー、でも、そうかー。ま、確かに一緒にその場にいる人としかその面白さや綺麗さを分け合えないのはわかるよ。一人でよく行くのは、一人だと気を使うことも使わせることもないから楽なんだよね。」 そう言って彼は「お酒頼む?」と尋ねてきた。 もちろん「もらいます」と返し店員を呼んだ。 「これと、これで」先輩が頼んでくれた。 「何の話してたっけ」 「旅ですよ、旅。まあ、気を使うのはわかります。けど、それも含めてじゃないですか。なんか、日常から出た特別な一日感があって、ま、でも、確かにその分、あんまり高頻度にはできないですね。みんなの予定があるので。」 「だよね。一人だとその分いつでもどこへでも行けるよね。君も一人旅行って来たら?いつもより独り言増えるけど」 「うるさいですよ。いや、行きたいですよ。私でも人間関係が苦しくて全部おいて消えたくなる時あるんですよ。でも、いざ行くってなったらなんか面倒で。」 「知ってるよ。」 お酒が来た。会話も一呼吸空いた気がした。 「どう?最近は。」 「最近は、ちょっとマシですかね。先輩に悩み全部垂れ流してるので。」 「はけ口じゃん俺。まあ、いいんだけどね。」 「でも、確かにちょっと旅は行きたいですね。私が今思ってるのは、人工物、水族館とか人の手が加わったものじゃなくて、海を照らす朝日とか夕日とか、自然に触れたいですね。写真なんて残さなくていいので、ただその時に浮かんだ言葉をメモするだけでいいので、綺麗なものをみたいですかね。」 なんか若干恥ずかしくなってきた気もして、焼酎を飲み干した。おかげで一気にクラっと来た。 「あ、今、飲み過ぎたよね。ちょっと、気を付けてよ。前家まで送り届ける羽目になったんだから。」 「だぁいじょうぶですよ。 ねえ、先輩、私今度旅、行きます。気を遣わない旅に。だから、一人旅の先輩としてついてきてください。」 お酒を飲んでいたからこの言葉を出せた気がする。 「え、酔ってる?」 「もちろん、酔ってますよ。お酒に免じて行きましょうよ。きっと楽しいですから」 「んー、いいよ、行こう。」 そういった先輩の顔も少し赤い気がした。 それを見て気持ちが小躍りした。 「どこに行きます?あ、先輩としてどこがいいとかあります?」 「んーとね、さっきの君の希望で言うと・・・」 夜が更けていく。 仕切られた煙の幕の中で二人、旅の行方について語り合うままに。
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