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「潮はシェフではないとしたら、何の仕事をしているんだ?」
邪気のない顔で聞かれ、答えに詰まる。俺は漫画家だ。でも今は何も描いていない。漫画家と言ってもいいだろうか。
「……職業は漫画家です」
「漫画家とは何だ?」
2冊の本を差し出す。俺が連載していて2巻で終わってしまった漫画。正確には2巻分に満たなかったから、昔描いた読み切りも収録されている。
「こういうものを描いてます」
「絵描きか。上手いものだ」
ライディアーラ様は読み始めた。目と鼻の先で読まれて嫌な汗が滲む。つまらない、と否定されるのではないかと思うと目の前が暗くなった。
「ライディアーラ様は漫画読めるんですね。初めてだとどの順番で読むか難しいと思うのですが」
「ああ、最低限のコミュニケーションは取れるみたいだしな。儀式の賜物か? 言葉も文字も違うはずなのに理解できている」
読んでいる途中でライディアーラ様が、ふっ、と笑った。俺はどの場面で笑ったのか気になって仕方がなかった。それからライディアーラ様の表情をジッと観察する。眉間に皺を刻んだり、頬を緩めたり。つまらない、などと決して言う事はなく、1冊読み終えるとすぐに2冊目を読み始めた。涙が出るほど嬉しかった。続きを読みたいと思ってもらえたようで。
ずっとライディアーラ様の顔から目を離さない。機微を見逃したくなくて。
残りのページが少なくなった時、アメジストの瞳から一筋の雫が落ちた。俺の漫画で泣いてる?! そっとティッシュを差し出すと、漫画から目を離す事なく目尻をティッシュで押さえた。
「これで終わりか?」
本を閉じてこちらに目を向ける。
「はい、それで終わりです」
「何故続けない。続くような終わり方ではないか」
そう、俺たちの戦いはこれからだ! の典型のような終わり方。打ち切られてしまったからそうするしかなかった。
「つまらないんだそうです」
「この話がか? 私はこんなに面白いと思った話は初めてだ」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「私は本当の事しか言わない。やはり相性がいいから面白いと思うのかもしれないな」
「相性がいいからとは?」
「お前だって、面白いと思うから描いたのだろ? つまらないと思いながら描いていた訳ではないだろ? 私とお前は面白いと思うものが似ているのではないか?」
「そう言って頂けるのは嬉しいですが、花嫁にはなりません」
「手厳しいな。まあいい。私は潮のファンになった」
ファン? 涙が溢れた。
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