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6
「どうした? そんなに嫌か? 私がファンでは」
嗚咽で言葉が出ず、勢いよく首を振った。ライディアーラ様はそっと背中をさすってくれる。俺が泣き止むまで何も聞かずにずっと。
少し落ち着いて泣き腫らした目尻に、ライディアーラ様のひんやりした手が触れる。
「何故泣いた? 私は潮に笑って欲しい」
ライディアーラ様も泣きそうな顔をしている。
「いえ、嫌だから泣いたのではありません。初めてだったんです。ファンだって言われたの。だから嬉しくて」
ライディアーラ様は目を細めて口元を緩める。
「そうか、それなら良かった。では潮、私の願いを聞け。ファンの私にこの人物を描いてくれ」
ライディアーラ様が指したのは主人公の師である厳ついおじさん。
「ライディアーラ様ではなく、俺が願いを叶えるんですか?」
くすくす笑うと、やっと笑った、と嬉しそうに言われて顔が熱くなる。
「ファンは大事にするものだろう? 私も民を大事にしているぞ」
ファンと民を同列に考えるライディアーラ様に声を立てて笑った。
「面白いです、ライディアーラ様」
「私は何かおかしな事を言ったか? ファンとは潮王国の民であろう?」
潮王国の民1号になってくれるのか。漫画が打ち切られてから絵を描く気になれなかった。今なら楽しく描けそうだ。
「ライディアーラ様はこのキャラクターを気に入って下さったんですか?」
「ああ、ハードボイルドでカッコいいではないか。私ほどではないがな」
「このキャラとライディアーラ様じゃ違いすぎますよ」
厳ついおじさんと若い美形王子。ライディアーラ様は色紙に描いている間、ずっと俺の漫画の話をしてくれた。面白いところ、腹の立ったところ、涙を流したところ。俺は相槌を打ちながら絵を描いた。こんなに楽しく絵を描いたのは久しぶりだった。
「えっと、描けました」
改めて見せるのは緊張する。
「上手いな!」
受け取ってライディアーラ様が感嘆の声を上げる。掲げながら眺めていたが、首を傾けた。何かおかしな所でもあったのだろうか? 久しぶりに描いたから、絵が下手になってしまったのか?
「潮、この絵にはサインがないぞ」
「サインですか?」
「サインも作品の一部であろう。サインを書く文化はないのか?」
「いえ、サインあります」
「そうか、では書いて完成させよ」
目の前に色紙が戻ってきた。仕事でサインを書いた事はある。でも、ねだられたのは初めてだ。震える右手を左手で押さえる。デビュー前から何度も練習したサインだが、不格好になってしまった。申し訳ない気持ちになりながらもライディアーラ様に渡した。
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