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「どうした? そんなに嫌か? 私がファンでは」  嗚咽で言葉が出ず、勢いよく首を振った。ライディアーラ様はそっと背中をさすってくれる。俺が泣き止むまで何も聞かずにずっと。  少し落ち着いて泣き腫らした目尻に、ライディアーラ様のひんやりした手が触れる。 「何故泣いた? 私は潮に笑って欲しい」  ライディアーラ様も泣きそうな顔をしている。 「いえ、嫌だから泣いたのではありません。初めてだったんです。ファンだって言われたの。だから嬉しくて」  ライディアーラ様は目を細めて口元を緩める。 「そうか、それなら良かった。では潮、私の願いを聞け。ファンの私にこの人物を描いてくれ」  ライディアーラ様が指したのは主人公の師である厳ついおじさん。 「ライディアーラ様ではなく、俺が願いを叶えるんですか?」  くすくす笑うと、やっと笑った、と嬉しそうに言われて顔が熱くなる。 「ファンは大事にするものだろう? 私も民を大事にしているぞ」  ファンと民を同列に考えるライディアーラ様に声を立てて笑った。 「面白いです、ライディアーラ様」 「私は何かおかしな事を言ったか? ファンとは潮王国の民であろう?」  潮王国の民1号になってくれるのか。漫画が打ち切られてから絵を描く気になれなかった。今なら楽しく描けそうだ。 「ライディアーラ様はこのキャラクターを気に入って下さったんですか?」 「ああ、ハードボイルドでカッコいいではないか。私ほどではないがな」 「このキャラとライディアーラ様じゃ違いすぎますよ」  厳ついおじさんと若い美形王子。ライディアーラ様は色紙に描いている間、ずっと俺の漫画の話をしてくれた。面白いところ、腹の立ったところ、涙を流したところ。俺は相槌を打ちながら絵を描いた。こんなに楽しく絵を描いたのは久しぶりだった。 「えっと、描けました」  改めて見せるのは緊張する。 「上手いな!」  受け取ってライディアーラ様が感嘆の声を上げる。掲げながら眺めていたが、首を傾けた。何かおかしな所でもあったのだろうか? 久しぶりに描いたから、絵が下手になってしまったのか? 「潮、この絵にはサインがないぞ」 「サインですか?」 「サインも作品の一部であろう。サインを書く文化はないのか?」 「いえ、サインあります」 「そうか、では書いて完成させよ」  目の前に色紙が戻ってきた。仕事でサインを書いた事はある。でも、ねだられたのは初めてだ。震える右手を左手で押さえる。デビュー前から何度も練習したサインだが、不格好になってしまった。申し訳ない気持ちになりながらもライディアーラ様に渡した。
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