猿堂 陽介という男は。

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猿堂 陽介という男は。

◇◇◇  AM:六時十五分、羽田空港にて。  日本に到着した陽介は、シゴトの詳細を聞き行こうと直ぐに事務所に向かった。母国,冬の都内。  周りがコンクリートに囲まれていると言っても、海外のとは別物だ。なんというか、日本独特な柔らかな雰囲気というだろうな、とふと思う。  アメリカと似ているようで別の寒さが、現在着用しているチェスターコートを貫く。深呼吸をし、吐き出すと熱気のある白い息が生まれる。この冷ややかな空気に、三年前の懐かしさを噛み締める中。 (やっと、帰ってきたんだなぁ……。Long time no see!Japan)    海外へ異動する前、某繁華街の裏道に使用していた三階建てのビル内に事務所がある。今、そこへ向かっているが、相変わらず静寂なの空間内。ここだけ時代に置き去りされているかのようで。いつもだったら酷く、懐かしく感じる空気に目頭が熱くなる。  だが、今回は全く感じない。ただ、ただ、過去の残骸と化している廃墟。人の気配も全くない〈捨てられた母国の思い出のひとつ〉、と言うべきか。その理由は、すぐに分かった。 「……MA・JIかよッ!?移転しちまったのかぁ……」  現在辿り着いたら、〈貸部屋空きあり〉と表示されていた。手書き感満載の雑な文字。記載されているプレートに赤錆と砂埃のアートで移転されたのは二年以上前だな……と察した。  抜け目なさそうな垂れ目をより細め、項垂れてしまう彼。右半分黒髪、左半分金髪の奇抜な短髪ヘアーに虚しさが物語るように風が通り抜ける。 「……仕方ねぇ。探すKA」    母国へ帰国して早々に、体力を削るのは嫌なもの。  しかも、これから厄除師のシゴトだから尚更だ。シゴト中に気力切れで、御陀仏にもなりかねない。それに……、 「これから風羅ちゃんと仮の夫婦生活が始まるんだからな。もし、営みになって……体力無かったら恥ずいしYO」  そんな事を言っている場合じゃない、と思考を切り替える陽介。血管が浮いた骨ばった両手の指をポキポキと小さく鳴らし、深呼吸をする。肺の奥深くの肺胞達に行き届くように、深く、濃密に、染み込ませる。  目を閉じ、体内に散らばっている〈気〉を、腹のど真ん中に掻き集めるように全集中させる。もう一度、酸素を多めに取り込み気と練り込むように集中する。  この流れを、普通の厄除師は五〜七分くらいかかる。だが、当主、ベテラン厄除師は約五秒で終わらせなければ話にならないのだ。  すると、彼の身体周辺に所々光が放ち ー パチパチッ…… 、と乾いた音が鋭く弾ける。  夕日のような橙と蒼白い光達が激しくなり、火花化した電気が身体全身に纏っていく。そして、鋭い小さな【雷達】は子供が陽気に遊んでいるかように、ジグザグと四方八方と駆け走る。数秒後、意思を持っているかのように陽介の両足の裏へ集中的に集合する。  一点の雷を確認後、両足の裏に力を入れる。  「━━━━【纏】ッッ!Ready……、GOッ!!」  鋭く発したテノール調の声と共に、地面を強く踏み ━━━ッ、蹴った!  重力に逆らい、空へ向かう。エレベーターに乗ってビル最上階を目指すように、空気を切り込み駆け上る。  世の中で言う、〈フライング ヒューマノイド〉と言えば分かりやすいかもしれない。  周りが廃れた雑居ビルの灰色の壁景色しか見えなかった物が、徐々に上へ移動する度に。禿げた文字の広告窓、所々壊れている袖看板などが視界に入る。が、その光景は一瞬で終わる。  今、移動するたびに残像化している陽介にとって、こんなことは朝飯前である。時折、空気中の酸素を階段に登るように一踏みしながら上へと駆け上る。一歩踏み出す度に、足の裏の雷が《バチッ!》と大きな静電気と化し、自己主張強めな音が激しく弾ける。  空気が怯えるように震える中、鼻歌を歌いながら楽しんでいる彼。重力に逆らいつつ、短髪が靡く。そして、やっと埃っぽい空気が薄れ、先程より澄んできた今。  三秒前、二秒前……、一秒前……。  ━━━トンッ……。  今辿りついた屋上の地面に、足を軽く着ける。  この場所から観る景色は、彼にとって好きな場所だった。《厄除師 当主試験》で合格を貰った時、この屋上で嬉しさのあまりに噛み締めた思い出の場所だからだ。 (あの時は……、缶のブラックコーヒーを飲みながら日の出を見たんだよな)  試験内容は、その時によって当たり外れがある。 「俺は、運が良かっただけじゃない!実力もあったからだ」  今の自分に言い聞かせるように。思い出に浸りながら、今回も歓迎しているかのように暖かく彼を包み込む朝日を見る。空気が澄んでいるおかげか、太陽の光に強い反射光の道ができ、鮮やかなグラデーションができあがる。  先ほどまで、冷気で冷え込んでいた身体に、じんわりと温かさが染み込む。ふいに左手首に着けている電波腕時計を見る。 *** 「……ゲッ!もうこんな時間かよッッ!!ヤッベぇ、急がなくてHA……!!」  直ぐに、気配を探り先程と同じやり方で体内の〈気〉を練り直し再度、〈纏〉を発動させる。厄除師にとって、気を具現化させる〈纏〉は見習いの時点でできなければ話にならないのだ。  そして、見習いの時点で粉振るいされ、次の厄除師試験を受験できるヤツとできない奴が分かれる。更に、厄除師試験なんて更に酷い。内容によってはメンタル面をやられる奴が出て、再起不能する奴が出てくる。  親父が言うには、昔はもっと難易度高かったらしい。今は、時代に合わせて少しは緩くなっているが、こちらからしてみたらどこがッ、と言いたくなる。  そんな過去をふと、思い出しながら屋上のコンクリートの地面を蹴る。そして、俺は今日一番の特急で空中移動をした。  この後、悲劇になる事は俺は知らないままだった。
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