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公主とシゴト話。
「よく来たねぇ〜、陽介。遠い所からご苦労様。さあ、こちらへお入り。温かいほうじ茶を用意してあるから、飲んでゆっくりして行きなさい」
別の雑居ビル内の新事務所にようやく辿りついた俺は、玄関前で三年ぶりに会った社長である〈公主様〉に規律良く深々と頭を下げる。コレも今後の案件を貰う為。
「お久しぶりでございます、社長。お元気でお過ごしでしたでしょうか?
そして、今回のシゴトのご案内をありがとうございます」
そして、━━━【今回のシゴトから外されない為】だ。
軽く挨拶をした後、このこじんまりとした室内に入ると。
玄関入って直ぐに左斜め前にある、二人用のソファーに長方形の檜で作られたテーブル。その上に、既に用意されている客用のお茶と和菓子。
社長に促されるがまま。「失礼します」と人当たり良さそうな笑顔で伝えた後、手前側の客席へ座る。
だが、社長は向かい側に座る気配が無い事に、小さな疑問が生まれる。
「申し訳ないね。ちょっと、席外すから。お菓子とお茶を口にして待っていておくれ」
その後、社長は一言伝え、事務所を出て行った。一人しかいない室内になってしまった現在。
遠慮なく、目の前に用意された〈お気持ち〉を頂戴する。
温かいほうじ茶を一口含み、客用の小皿に乗っている和菓子、〈練り切り〉に姫フォークで一口サイズに切り込みを入れる。
練り切り、〈藤の花〉。
社長はいつもは季節のお茶請けを用意してくれる。今回は季節外れの代物だ。藤の花は四月下旬から五月上旬のはず。
花言葉は確か、【歓迎】……という意味がある。
品のある薄紫色の藤の花。白餡で作られた花弁一つ一つにグラデーションされ、職人の丁寧さを感じさせる一品。だが、見た目はだ。問題は、味のほうだ。
口の中に放り込むと、白餡で作られた藤の花が滑らかに舌の上へ溶け込み優しい甘さに包まれる。
同時に中身のこし餡は、これまた丁寧に裏ごしされているのか、舌の上に乗った餡が口内温度でさらり、と溶け、こし餡の上品な和の香りが広がっていく。
隠し味に黒糖でも使っているのか……、あとから全体的に独特の円やかな風味が広がり、穏やかな余韻を残す。
「この繊細な食、かつ職人の手掛けた和菓子のストーリー、ってとこだな。アメリカじゃ、この滑らかな味の芸術品はないだろうNA……」
それくらい、美味しかったのだ。
前回最後に食べたのは、四年前の春のこと。
***
あれは、皆で花見に行った時だ。
確か……あの時のメンバーは、
〈俺、嵐を含めた六つ子の残りの男兄弟、ペチャパイ女王の羊谷、陰キャ丑崎、虎徹のところの女当主、猪山のところのコスプレ服飾師、そして……、俺の未来のお嫁さんである、風羅ちゃん!!〉
あの時は、心地良い時間だった……。特に、風羅ちゃんが作ってくれたお弁当Timeがッッ!!!
あの二桁超えたお重箱は、驚いたけど……美味すぎた。特に稲荷寿司は俺の好物だ!
最後に出されたデザートの和菓子。美味しかったので風羅ちゃんに、何処の店で購入したのか聞いてみると。
「あぁ!それ、手作りなんです!先日、友達とお料理教室へ行った時に和菓子を習いましてね。それを昨日、作ってみたんですよ♪」
あの時、楽しそうに話す彼女。
俺にだけ、そう俺に・だ・け・に、渡された練り切りの見た目は、まぁ……アレだけど。
それでも俺さ、愛情を感じたもんなぁ。
俺の事を思いながら作ったと思うと……、堪んねぇなぁッッ!!
うん。……見た目は、アレだったけど。
何故か、崩れたドクロみたいな形をしていた和菓子を渡されたけど……。ーーまぁ、いっか!!
皆でシェアする前提に持ってきたになっていたが。あれは、俺の為に作ってくれたに違いない!!
でも、あの後が……災難だったんだよなぁ……。
戌塚と馬柴が何故か来て、戌塚と未谷が嫌味あい(口論)バトルをし、流れ上……よく分からない大会に発展したんだよな。その後、嵐が……
ーー
ーーーー
ーーーーーー
━━━━もう、ダメだ!色んな意味で思い出したくねえ!!
これ以上、思い出したら俺のメンタルが非常に危ういッッ!!マジでヤベェ!!
うん、思考内を切り替えよう!親友の陰口は、大人のマナーじゃねえな!!
……あれ?そういえば、社長は何で。
(俺が来るタイミングが……、分かったのだろうか?)
一応言っておくが、俺は社長に訪問する時間を伝えていない。というか、伝え忘れてた、次から気をつけよ。……じゃなくて、上手く言えないが。
━━━━ タイミングが、ちょうど良すぎるのだ。
その証拠に、直前に煎れられたのであろう湯気が立っているお茶。香ばしいほうじ茶の香りが今でも鼻を擽る。
そして隣に置かれている、用意された案件資料。心あらずのまま資料を手に取り、内容確認をしようと顔を俯かせ目線を落とす。
話は戻すが……。それに、今まだ朝の八時十分前だZEッ!?
(前回も、前々回も、そうだ!!何で……、到着時間が分かったんDA?)
そんな疑問の沼に嵌っている最中、空気が変わった。
「ーー陽介。コレ以上の考えは禁忌区内じゃよ」
突然の一声だった。
誰も居ないはずの事務所内。凛とした、アルト調の声が静かに木霊する中。
声をする方向へ顔を上げると、いつの間にか目の前に座っている笑顔の社長。
口調と違い、見た目が十代後半の青年の姿。細身の身体に、陶器のような中性的な顔立ちの笑顔が、綺麗だが、今は怖く感じる。
俺の背中にじんわりと汗が滲み流れてしまう程の緊張感が生まれる。
張り詰めた糸が、ピンッ、と切れるギリギリに引っ張られている感覚が広がり呼吸が浅くなっていく。比例して、心拍数がBGM並に全身へ鳴り響いている。
同時に、コレ以上〈土足に入るな〉と言わんばかりの微笑みの圧。それだけじゃない!分からないが〈それ以外の圧〉も感じ取れてしまった。
全身に覆う、鈍く仄暗い圧。得体の知れない、━━【何か】。
俺の経験上、コレは一番厄介なモノだ。腹の底が見えないヤツほど深入りは危険すぎる。
世の中には、立ち入り禁止領域がある。
それは、物理的な意味だけではない。〈目に見えない何か〉に対してもだ。
確か……親父が言ってたな、
「〈公主様〉については……何も、━━疑問に持ってはいけない」
最初は、何を言ってやがるんだと馬鹿にしていたが。今なら分かる。
コレは、ヤバいやつだ。第六感がけたゝましく警告している最中。
「うん、そうだね……。その方が利口じゃて、陽介。それじゃ、さっそくおシゴトの詳細をお話ししようかね」
この言葉の後、身体全体にのしかかってた重い圧が一瞬で消えた。
因みに言っておくが、俺は最初の挨拶以外〈声に出していない〉。
目の前で紅茶を飲んでいる社長。
その後ろの窓から入る陽の光で、猫っ毛に近い癖毛とオレンジ色に近い茶髪が艶やかな天使の輪ができている。それを見ると人畜無害に見える。
(だが、俺にとっては…………)
現在、最初から何も無かったような日常の時間。たった一部だけでも、分かれ道ができる〈生〉と〈死〉。
人間の命は、ーー 一つしかない。
コレ以上考えるのを止めた俺は、思考内をビジネスモードに切り替え、打ち合わせスタイルに移す。
そして案件の資料内容を、頭に叩き込むように集中し目を通した。
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