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「……という流れで。今回の〈厄〉はこの半年間、三〇五号室の住人達を消失させている。私も物件を見に行ったが、〈痕跡は無かったが、あった〉」
最後の言葉に引っかかった猿堂は、質問しようと口を開こうとした。だが、相手の説明が続いている為咄嗟に出かかっていた言葉を呑み込む。
「この部屋には、初任務の神龍時 風羅と彼女の兄である嵐を夫婦役として住んで貰う事にするよ。今回の厄は【夫婦が対象】だからね。
限りなく、親密な関係を持っているペアが良いと思う。
だから、陽介!君には隣の部屋で、これから〈君の妻役〉と三〇五号室の厄処理の補助を頼みたい。
万が一の事を考えて、サポートとして入って欲しい」
この説明に、彼は呑み込んだ言葉が更に奥へ消えていく。それと反比例するかのように公主の説明は更に続いていった。
◇◇◇
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「ーー以上をもって。この二組の夫婦役には、任務終了するまで数ヶ月住んでもらうからね。
光熱費、食費などは、こちらの経費で処理するから大丈夫だよ。
あと。君の妻役には、こちらからお願いをしたから安心しなさい、陽介。久々に日本に帰国してきたんだ、この機会に好きな物を買って大丈夫だからね」
この内容を最後に、案件の確認事項が終了した十五時三十分。
ただ今、事務所の屋上にて。俺の心は、この場で死んでしまった。完全なる、〈即死〉。
【無】になってしまったのだ。
もうさ、この世の終わりって感じの意味で……。
これだったら、未谷の方がまだ良かったと心底に思うくらいに。
確かに、未谷は下品な一面、いや……下品の塊なところがある。
アメリカへ出張する前日に、アイツに偶然会い、屋台のおでん屋で飯を食おうと話しになった。その時に、会話でシゴトの愚痴をこぼした時。
「アンタ、そんなんだから〈童貞〉なのよ!
良い!コレは人それぞれだけど、女の大半は話しを聞いて貰いたいの。
強制的に共感しろと言わない、【相手がこちらの気持ちを知りたいという姿勢】で接して欲しいのよ!!
それを、自分の考えを激重なゴリ押しでアドバイスして!!誰も、アンタの武勇伝の講演会なんか聞きたく無いのよ!
だから、〈キング オブ 童貞〉のままなのよ!!あ、それとも不能なの?病院紹介してあげよっか??」
アイツ……、何回も童貞って言いやがって……!しかも、公共の場で連呼しやがってッ!!
あと、俺は不能じゃねぇーーーッッ!!
それだけじゃない。あと……、
「そんなに、女の心理を知りたいならキャバ嬢から教えて貰うなり。喜ばせるテクを磨きたいなら、ソープに行って教えて貰ったら?
とりあえず、オススメなお店は……あった!このお店よ。ほら、口コミ良いみたいよ?この後、行ってきたら?」
酒を飲んでいた為か……女として、問題発言しやがった未谷。
あの時は、舌鼓していた日本酒を勢いよく吹いてしまう始末。
目の前の店長の親父なんて、唖然として菜箸で持っていた大根を落としてしまったじゃねーかッ!!
ーーというか、「ほら、口コミ良いみたいよ?」じゃねぇーーーからッッッ!!?
その後も、自主規制のアダルト単語を連発しまくった未谷。言いたい事を言ってスッキリしたのか……、
「明日、表の仕事があるから帰るね〜!じゃあね、チェリー猿♪」
と捨て台詞を吐いて、陽気な声色と笑顔で帰って行った。自分が飲み食いしたお代を払わずにだ。
(まぁ……、日本で羊谷と呑み交わすのは今日で最後だから良いか。
アイツ、黙ってれば美人なのに……。乳なしを除けばだけどよ)
心の中で幼馴染の相手に対して残念に思いながら、俺もほろ酔い状態で支度をする。
そして、店主に会計を頼み勘定表を見て冷めた。いや、ーー覚めたのだ。現実的な意味で。
「━━━━ッッ!?七万三千円ッッ!!?」
何かの間違えか、ぼったくりだと思った俺。目の前で穏やかな笑顔の店主に、「コレ何かの間違えじゃないのか!?」と質問してみたところ。
「いや、間違えてねーよ兄ちゃん。さっきの姉ちゃんの飲み食い代含めての値段だからなぁ。
あの、姉ちゃん凄ぇな!!このニ時間で、この屋台の十五種類の日本酒と十種類のサワー系を全部飲んで行ったからな……。因みに店の在庫分の酒はコレでお終い!!
それで普通に帰ったから、大したもんだよ!!」
ガハハッ!と腹の底から笑っている店主。羊谷が座っていた席を見ると、おでんの皿が五枚と空きグラスが四十個積み重ねられていた。
この現実に、泣きそうになってしまった俺。
明日、アメリカへの出張に使う予定だったお札達と此処で、一気にサヨナラする流れになってしまったのだ。
(明日から……、節約しなきゃな……。しかも、初日で……。
将来、風羅ちゃんと一緒に行きたいって思ってたデート用の店内チェックしようと思ってたのに……)
アメリカは、基本的に物価が高い。
お金はあっても足りないに等しい現在。中身が五千円になった貧相な財布を見て、苦い涙が出そうになったのは、ここだけの話だ。
だがアイツは、まだ会話が成立するから良い方だ。豪酒とペチャパイ以外は!それより……
「いつの間に、あんな大量に飲んだんだ!?アイツ。次会ったら、代金回収してやるからなッ!!」
◇◇◇
そんな事があった、三年前に思い出しただけで疲労が増した今。
共に、数ヶ月間行われる風羅ちゃんの同棲生活が崩れてしまって、意気消沈とはこの事である。
しかも!最悪な事に(仮)妻役が、アイツだから厄介だ。
「それじゃ、数ヶ月間の(仮)夫婦生活を頼んだよ」
この言葉で締めた後は、覚えていない。もう、ショック過ぎてだ。
改めて資料を何回も目を通しても、俺の妻役の名前は見間違えでは無かった。
「丑崎 なつり……」
正直に言って。コイツだけはーー絶望以外、何もない。
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