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僕は店頭に移動して、サイン会に精を出した。書店の一角で、読者さんが買ってくれた本にサインして、読者さんと写真を撮る。10人ほどそれを繰り返した時、僕は驚く。
――僕の最愛の元妻が、僕の本を、僕に差し出したのだ。
「真貴、なんでここにいるの?」
僕の手から、サイン用のペンが転げ落ちる。
「サイン会に来たのよ。ヒットして良かったね。おめでとう」
「ありがとう」
「私の名前を、本に書いてよ」
僕はペンを握り直す。
「ああ、名前……。中塚……」
「違うわ。森よ」
「森って、真貴は旧姓に戻らなかったの?」
「私は離婚してないもの。だから、森のままよ」
僕は動揺する。
「え? 僕ら別れたよね? メッセージくれたでしょう? 離婚届を出したってさ」
「あれは嘘」
「嘘?」
「そう、あなたが私に愛してないって嘘をついたから、私もあなたに離婚届を出したって嘘をついたの」
「あの日、僕が君に嘘をついたと、どうしてそう思ったの?」
「役所に行って、日付を書けと言われて。今日は何月何日ですかと聞いたら。4月1日です言われて……」
「それで、僕の話が嘘だと思ったの?」
「そう、それで気がついたの。あなたはエイプリル・フールに、ホラを吹くのが好きだと思い出したの」
――君は僕の嘘や誤魔化しをすぐに見破る。
「ねぇ、あなた。私の事まだ好き?」
僕は目を見開き、生唾を飲み込む。
君は真剣な顔で言う。
「今日はエイプリル・フールじゃないわ。嘘はなしよ」
僕は答えた。
「僕は……、君を、今も愛してる」
僕の答えに君が笑った。
君の笑顔が眩しい。
――この世で君が、1番好きだ。
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