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4月1日
4月1日が誕生日なんて、なにもいいことがない。
学校のお誕生日会だって、春休み中だからやってもらえない事が多い。
なにせ、4月生まれなのに、前の学年に入ってしまうのだから。
4月生まれだと、その学年の一番最初の月に生まれているんだから、本当だったら、みんな僕より小さいはずなんだ。
でも、前の学年の4月2日が先頭の学年に入れられる僕は一番最後の誕生日。
それでなくてもあまり大きくない僕は、クラスの誰よりも小さくて、嫌になっちゃう。
おまけに誕生日を聞かれたときに4月1日だというと、聞かれた日がエイプリルフールでもないのに、
「嘘だぁ。」
と、言われる。
嘘をついて良いのは4月1日だって言うのに。
僕の学校での生活はあまり楽しくないお誕生日の思い出と共に、過ぎて行った。 筈だった。
高校に入った時、中学校まではあまり変わり映えのしなかったメンバーが急に色々な中学校からの集まりになった。
もちろん、僕もその一人だし、それまで一緒だったのに、別の高校に行った友達もいた。
男女の別なく、名簿順に並べられた机に自分の名前が書いてあった高校の入学式の日。もちろん、俺の誕生日は過ぎていて、ようやく15歳になったばかりだった。
僕の後ろにいたのは男子の制服を着ているが、とても華奢で背の低い、ベリーショートにしているがどう見ても女子だった。
4月1日はもう過ぎているからエイプリルフールの嘘という訳でもないだろう。
多様性とか、色々騒がれている最近、ブレザーの制服が増えてきていた。
僕の入った高校もブレザーだったが、男子と女子ではボタンのあわせが違うし、女子は大抵スカートだった。
女子のブレザーにスラックスの生徒も時にはいたが、男子のブレザーでスラックスの女子は初めて見た。
僕はと言えば、クラスの一番最後の誕生日だったにもかかわらず、中学校の間に身長がスルスル伸びて180cmになっていた。
とりあえず、今日からクラスメイトになるその子に、
「おはよう。」
と、声をかけると
「おはよう。」
と、蚊の鳴くような小さな声で返事が返ってきた。やはり女子の様だった。
まぁ、本人が良いと思ってしている服装に何も言う事などない僕は、そのまま入学式を終え、クラス担任がHRをはじめ、最初の一日が終わった。
帰り道。電車通学になっていた僕は駅に向かって歩いていた。
すると、同じクラスの男子のブレザーを着た彼女が同じ方向に歩いているのに追い付いた。
「君も電車通学?」
僕が聞くと、君は驚いたように僕を見た。そして、
「ねぇ、制服の事とか何も聞かないの?」
と、向こうから聞いてきた。
「あぁ、色々な人がいるんだろうし、好きで着ているんだろうし、親も納得しなけりゃ制服買えないし。学校の規則でも特に決められていないから。」
「そっか。よかった。そう言う人がいて。」
彼女はほっとしたように言った。
「僕さ、LGBTなんだ。どうしても身体が女子なのが気持ち悪くて。スカートも履けないし、衣類のボタンも男子の方を選んだんだよ。校則で学校を選んだんだ。」
「はぁ、初めて会ったよ。いや、初めてはっきり言う人に会ったって言うべきなのかな。きっと今までもそう言う人にはあっているかもしれないもんな。」
「女子トイレに入るのも女子に申し訳ない気がするよ。それを考えると身体が男子のLGBTの方が大変かもな。とりあえず僕は職員トイレの女性用を使わせてもらってる。
まだホルモン療法や身体の手術も受けられないから。見た目はちっちゃい女子だもんな。僕3月31日生まれなんだ。」
「え?じゃ、俺より一日早いじゃん。俺4月1日生まれなんだ。」
「へぇ。うらやましいな。学年最後の日の生まれの人なのにそんなに背が高くて。ホルモン療法なんかやっても背は伸びるわけじゃないから早く背を伸ばしたいんだけどな。僕、まだ生理が来てないんだ。」
「へ?生理?」
「あぁ、女子って生理が来ると大体その辺で身長が止まるんだって。だから生理が来るなんて寒気がするほど嫌だけど、その前に背が伸びてくれないとこのチビのままホルモン療法とか受けるようになっちゃうからさ。せめて160cmは欲しいんだけどな。」
電車も同じ方向で、駅を降りたら反対に歩くようだった。
「なぁ、こんなこと話したの君が初めてだよ。変な目で見ないでくれるのも。友達になってくれる?」
「え?あぁ、俺で良ければ。」
そんな話をして別れた。
そして、高校の日々は過ぎていく。
彼女。いや、話を聞いたからには、彼と言おう。彼は川上 薫といった。
薫はクラスでは俺としか話さない。いろいろ影で言うやつもいたが、俺は気にするなと言い、薫も気にしない。と男気を見せた。
薫は1年生の終わりごろから急に背が伸びて、163cmになったと喜んでいる一方、胸が出てきて気持ち悪いといい、晒を撒いて登校していた。
でも、全体のスタイルはどうしても丸みを帯びた女子の姿になってしまう。
そんなある日、薫は学校を休んだ。
心配で学校の帰りに薫の家へ行ってみると、母親が出てきて、薫と会って行ってくれと言われた。
薫の部屋に通されると、薫はベッドで半べそをかいていた。
「どうした?風邪でも引いた?何で泣いてんの?」
「生理が来た。血が出た。気色悪い。おなか痛い。」
べそをかきながら俺を見る薫を一瞬可愛いと思ってしまった。
その気持ちを取り繕う様にあわてて言った。
「よかったじゃないか。背が伸びてから生理が来て。まぁ、俺にはどんな感覚かはわからないけどさ。」
俺は、ベッドに寝込んでいる薫を見て
『今更ながら身体は女子なんだよなぁ。』
と、思った。
帰り際に薫のお母さんが
「いつも薫と一緒にいてくれてありがとう。それに薫の事わかってくれてありがとう。」
と、言った。
ふつうの女子だったらお赤飯を炊くという初潮を、忌み嫌って泣いている娘をこの人はどんな気持ちで育てているのだろうと、それはそれで、気の毒な気もした。
俺は泣いていた薫を見て、初めてLGBTについて調べてみた。
色々なタイプがいて、薫はその一つに当てはまるのだと言う事。
もし、男性になりたければ、男性ホルモンの投与や手術をする人もいると言う事。
でも、18歳にならないとホルモンの投与もできないと言う事。
ざっとしらべただけで薫が男の身体に生まれ変わるのはとても大変なのだという事がわかった。
あれだけ嘆くのも仕方がないと思った。
薫はこれから最低でも18歳まではあの泣くほど嫌な生理と毎月向き合うことになるのだと思うと、改めて制服を変えればよいという問題ではないと考えさせられた。
俺はもっと軽い気持ちで薫の話を聞いていたので、これからどんな顔で話を聞けばよいのだろうとも思った。
ともあれ、薫の事が嫌なわけでもないし、俺はもともと人はそれぞれ自分の好きなように生きればいいと思っていたから何も言う事はなかった。
生理が始まってから初めて学校に出てきた薫は以前と変わらず、胸に晒を撒いて潰し、男子の制服で過していたが、トイレに行く時に小さな青いチェックのポーチをもって職員の女子トイレに入って行った。
クラスの女子がそれに気づかぬはずはない。
「ねぇねぇ、薫さん、女の子になっちゃったの?」
と、俺に聞いてくる女子もいた。
「さぁ?俺は知らないけど。そう言う事聞くのって女子は恥ずかしくねぇの?身体の事ってあんまり人にいうもんでもないんじゃないの?それも俺に聞く?俺は人の身体についても自分の身体についても教えたくないなぁ。」
俺はわざと平然と嫌味を言って遠ざけてみた。だが、クラスの女子たちはヒソヒソと噂話をしている。
薫は黙ってやり過ごし、おれはいつもどおり休み時間は薫と話して過した。
その日の帰りに薫はうっすら涙を浮かべながら言った。
「悔しい。こんなことで動揺するもんかと思って学校に来たのに。」
「気にすんな。薫は薫だろう?これからどうなりたいかだけ考えて過ごせばいいじゃないか。進路のことだってあるしさ。」
「進路はもう、ない。高校が終ったらホルモン治療を始める。母さんは了承済みだ。父さんはもう、僕の問題には口を挟んでこない。手術はホルモン治療の結果を見てから考える。」
「進学しないのか?頭いいのに。」
「ホルモン治療を受けながらだときっと大変だから。僕にとって優先すべきは自分の気持ちに沿った自分になることだから。治療が落ち着いてから進学したかったらその時にするよ。」
そう言い切った薫の目は実に真剣で、俺はそれ以上何も言えなかった。
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