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第一章
逢引茶屋の座敷に夜半のひんやりした風が入り込んだ。うらの雑木林を抜けてきた風は湿った下草の匂いがする。
喜助の肩にからんだ遊女の白い腕が、寝返りとともに離れていった。
はだけた乳房に汗がにじんでいる。油紙のようなにぶい光沢が半分は自分の汗や唾液だと思うと、卑猥な己の醜態を見せ付けられているような心地がして喜助はうんざりした。消えかけの行燈の灯がかすか揺れ、じ、と音を鳴らす。
風がやむとやけに蒸し暑い。
遠くから聞こえる遊女のかん高い笑い声、となり座敷からのあえぎとひそめたゆえに耳につく低い声の情話。それらは長い秋の夜、いつまでも続く。
この岡場所にいりびたってもう三日になる。ようやくなじんできた夜の風情が、しかしそのときの喜助にはやけに気に障った。
喜助が江戸に上ったのは十日ほど前のことだ。
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