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自らの上司の詰問に、エミリアは小首を傾げ、妖艶に微笑んだ。普段はポニーテールに結わえている長い銀髪を下ろしたエミリアは笑みを崩すことなく、ゆったりとした手付きでジルベルトの制服に手をかけた。
「諸事情ございまして、本当の名前を名乗っておりませんでした。わたくしの本名はエミリア・ベルティーニと言います」
謝罪しながらもその手を止めることはないエミリアの様子に、ジルベルトの眉間に深く刻まれた皺が一層深くなっていく。
「そうか。それで? 王家の暗部を担っているベルティーニ公爵家の……病死したという噂だった深窓令嬢が、なぜ俺を誘惑している?」
ジルベルトはただ淡々と、冷静に目の前の出来事を把握しようとしているようだった。
建国の兄弟神の弟神が人間と交わった一族の末裔であるべルティーニは、公にはされていないが、建国以来暗殺や諜報などの王家の暗部を担ってきた。何気なく告げた本名でエミリアの素性に気がつくあたり、彼のこの国での立ち位置と頭の回転の良さが伺える。
流石は先の大戦で敵国の大軍をたった一人で打ち破り、数々の功績を上げた最強の魔術師と謳われるだけのことはある。このように――エミリアが得意とする土の魔術によって身体の自由を奪われ、執務室を中心に結界を張られた状況でも取り乱すことはないらしい。
そんな魔術師を抑え込んでいる自分の魔力もなかなかのものだと自画自賛しながら、エミリアは小さく吐息を落とした。とはいえ、この状況も長くは続かないだろう。
――さて……どうしようかしら。
内心冷や汗を流しながらも、エミリアは余裕のある態度を崩さない。ここで臆していてはなにも始まらないからだ。
エミリアはジルベルトの上に跨ったまま、上半身を倒して彼の耳元に唇を寄せ、ジルベルトを挑発するように囁いた。
「ジル様にどうかお情けを賜りたいと思っております」
ジルベルトは無言のまま、目線だけを動かしエミリアを見遣り、その端正な顔をわずかに顰めた。その仕草すらも美しく見えてしまうのだから美形というのは得だ。
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