2人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
その参
「今の在職は皆、そんなもん気にしてないよ。でも、過去にはね。…いたよ、2人ほど。…アンタと同じで、ここの下りブースに入って最初からだったな。そこのシミ…、みんな顔に見えると…。不気味だ、怖いって…」
「その二人って…、ひょっとして、”それ”を要因に辞められたと…。ですか、加瀬さん…?」
「ああ。二人とも、1年持たなかったな。一人は半ばノイローゼ状態に近かった。その彼…、やっぱり自衛隊の退官者だったんだが…」
「…」
普段日中の有料道路は車の行きかいとエンジン音が途切れことなく、現代社内の日常風景となっている。
しかし、深夜のそこ…、特に当該料金所下りレーンの北側山林脇はまるで異次元の闇が口をあけて、夜を徘徊する靄という吐息を漂流させている…。
まさに!
今、境と加瀬が佇んでいる狭少な赤いブース空間を取り巻く”景色は”、昼夜で二重人格の体を醸しているとも言えた。
そこでの、夜のとばりが同道した静寂下…。
年配な二人の男が交わすとつとつな言葉の往復は、なんともな響き感を孕んでいた…。
***
「最初に辞めた方の人はさ、こう言ってたよ…」
そう言葉を続ける加瀬はブース脇の道路面を指さした。
「…あそこの黒と灰色のシミが合わさったでかいやつ…、あれね、全部で見ると先っぽが顔で、そこの三角が人間の股だって言ってた。一番手前の濃い黒が陰毛に見えるって…。で、その恥部はオンナだって。顔はあそこの逆三角形に見えるヤツ…。その周りは長い黒髪ってね。…彼は料金所の同僚に訴えるようにマジだったわ」
「!!!…」
境ノブアキは一瞬で、背筋が凍る感触に襲われた。
そう…、加瀬の言う、その人の目に映った表現は、まさしく境本人の”それ”と完全に重なっていたのだ!
”やっぱりかよ‼最終的にコレでノイローゼまでって方は、この地面に染みついた不気味なオンナのフルヌードを眼に宿しちまったのか…。なら、このオレも…❓”
彼の脳裏はこの時点でここまで導いていた。
やや間をおいて、後ろの加瀬は相変わらずの低音でさらに先を続けた…。
「…当然、みんなカンペキ引いていたわ。気のせいっていうフォローを通り越し、もはやこの人、ビョーキだわって目線で遠ざけてたよ、最後は」
「加瀬さんもですか…」
境は短い時間で迷った末、敢えてこう尋ねてみた。
すると…。
「ビョーキとかって”えんがちょ”のくくりまでは行ってなかったけど、まあ、病だとは思った。だから、そんなに気になるんなら、ホントに深刻な状況へ陥る前に辞めた方がいいと進言したんだ。で、その数日後、彼はここを去ったよ」
「そうですか…」
境はこの言葉の主を背にしたまま、意識的に大きく頷きながら、相槌っぽい語彙で返したのだが…。
彼の胸の内には、どこか熱いものがこみ上げていた。
”うん!この加瀬さんって人は、バランス感覚がしっかりした人だ”と…
こんな思いを巡らせた彼に、加瀬はさらに一言、加瀬へ発する。
***
「…境さん、アンタもよっぽど気になるんなら、早めにあがった方がいいよ。何しろ、アレとの向き合い方は結局、自分の気持次第だと思うしね…」
「わかりました…。ああ、一応、加瀬さんに申しておきます。そこの大っきい黒いカタマリ、今あなたが言われた人と同じに見えてます。そのオンナに、いつも見つめてられる気がしてならないんです」
「そう…。なら、オレ的には考えた方がいいと…、そう言わざるを得ないな」
この時はここで終わった。
境は実際、もう少し様子を見よう…。
どうせ、1か月は研修期間なのだから、その間で”結論”を出せばいいと…。
まずは、仕事を覚えること…、それに集中しようと…。
彼は翌日から、ある意味割切って仕事の会得に”集中”出来ていた。
あの夕刻時、ここ下りレーンで、”あの声”を耳にするまでは…。
境と加瀬のわずかな”雑談”の後…、ブース北側からの山風はさらに強くなって、ゴオオオ~という天と地からの雄たけびのようであった。
最初のコメントを投稿しよう!