その四

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その四

その翌月、境ノブアキは研修期間を済ませ、何とか無事に、ブース独り立ちを果たしていた。 S料金所のブースで研修期間約1か月強…、勤務日のほぼ毎日、”苦手な”下りをこなす間…、”例のモノ”はいつも視線の片隅にいつも入ってはいた。 ではあるが…! やはり、夢中になって料金収受の業務をこなしていれば、ソレは少なくとも頭の隅に追いやれることはできたし、彼自身、この仕事で賃金を得るということは最優先課題だったから…。 この間の境は、黒い染みオンナの”熱き視線”も、何とかスルー出来ていたのだ。 そして、この日の下りレーンのシフトについていた、夕刻6時前のことであった…。 *** 穏やかな晴天下の秋の終わり…。 2本目の立直は下りが午後4時から6時までの2時間というシフトだったが、もううっすらと暗くなりかけ、車の通行と対峙する立場の収受員にとって、この夕暮れ時は視界慣れするまで最も気を付けなければならない時間帯でもあった。 なので、境もいつも以上に前方への注視を怠らず、午後5時前にはブース上の照明を点火させた。 時間帯的に交通量は多く、ある意味、収受業務のルーティング・リズムは深夜時に比べ途切れることはなかったため、さしたる異常事態はおこらず時計の針は間もなく5時45分を刻もうとしていた。 ”おお、また来たわ…。白い小型の乗用車か…、うん、軽自動車だな…” 境はブース前を通過するかなり前の次点でその車を察知できていたので、早めに右手を挙げ、通行車に向かって合図を送っていたのだが…! 「…こんばんわ、お疲れさ…、あー、お客様ー!止まってくださいー‼」 ブブブーン、ブブーンー! どうやらその乗用車は、ETCレーンと勘違いして、かなりのスピードでブース前を通過、境は間髪入れず、ブース内から後ろ向きで半身を乗り出しながら手を振って、大きな声で停止を促した。 ”キュキューン…” 幸い、境の制止に気づいた白い軽自動車のドライバーは、すぐさま、徐行を超えた急速度でブース前までバックしてきた。 その車は前方走行時同様、後進もかなりの急停止ではあったが、境の前に無事止まってくれた。 と、その瞬間…、当該車が止まるブース前の停止する直前に、何かの音を伴っていた。 車の運転席のウィンドウはすぐ開いた。 ドライバーは若い男で、隣は同年代の女性…、つまりカップルのようであったのは即一見できた。 「お客様…、こちらは一般レーンなので…。ETC走行ですかね?」 「すいません、勘違いしました…、どうすればいいですか?」 「ETCカードよろしいですか?こちらのレーンで処理させていただきますので」 処理はスムーズに終わり、通行料金のカード決済処理した利用証明書をドライバーに渡すと、再び、何をそこまで!…ってくらいの急発進でカップル車はカッ飛んで行ったのだが…。 そこでも、さっき後進して来た時と同じ音感がブース内の境の耳に届いたのだ。 ひと通りの処理を終えたことで安堵した段階で、境は改めて、その音?をフィードバックさせていたのだが…。 ここでのその作業(アタマの中での音声と映像の再生)は、今の軽自動車がレーンを通過する直前から、目に映った視界と周辺音…、それも含めでであった。 ”えっ…❓❓そうだ!今思い返すと、たしか、最初にここを今の車が通過した時もアレの音はしてた。うん…、要はその後バック時と再発進時の合計3回だ。そうだよ、オレの捉えた音感はおんなじだった…” ここまでアタマの中で整理がついたところで、思わず境の目線は右斜め下…、つまりブース前のレーン…、舗装道路に染みついた黒い気味ワル模様…、もっと言えば、”例のオンナ”らしき黒いカタマリにスーッと吸い寄せられるかのように収まった。 さらに! その瞬間、彼女?の眼と眼があった…、いや、目を合わせてしまう! ここに至り、境の脳裏にはさっきの音感…、響きの中身を解析できてしまったのだ! ”ヤバイって!さっきの妙な音…、声だわ、あの女の…!しかも、アノ時の声じゃん、モロ…‼” 境の結論出ししたアノ声…、それはズバリ、女の喘ぎ声…。 ”ああん…!” ということであった…。
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