その壱

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その壱

関東圏某所、某有料道路料金所は、ETC・一般レーンの上下4レーンが設置されている。 境ノブアキは、当該一般レーンの有人料金収受ブースの勤務に従事していた。 今年42歳になったノブアキは、それまでそこそこ大きい電機機材関係の会社に勤めていたが、ある事情があって退社せざるを得ない状況に陥り、やむなく転職…、半年が経過し、ようやく料金所の仕事にも慣れてきたところではあったのだが…! ”ふう…、今日の一発目は下り2時間か…” 彼は下りが苦手…、というか、ブースに入ること自体、嫌悪していたのだ。 しかも、この日のシフトは夜勤からで、初っ端の午前2時から2時間、下り車線での立直勤務が入っていた。 たたでさえ気が重い下りブースでこの時間帯は、彼にとって、頭痛を催すレベルであった。 下りレーンのブースは料金所全体の北側端っこで、車両通行車線に沿って山林の法地下と隣接しており、言わば小高い山林が日照を遮り、昼間でもぼんやりと暗く陰気な空気が漂っていたわけで…。 ”なんか、風が強いな。しかも北西の風だし…。こりゃ、木々が風で騒がしいわ。参った…” ノブアキがここまでNGな理由…。 それはブース前の車線、つまり舗装道路面に散在するシミ・キズ・汚れで大小無数の黒いまだら模様が浮き出ていたのだが、それが、ノブアキにはどれも人間のカオ、もしくは人間のカラダの姿に見えてしまうと…。 要は、ノブアキの日々勤務は、”そこにも顔!あっちにも顔!…ニンゲンの顔がいっぱいじゃんか!”…という、精神世界での異次元直視を仕事場で余儀なくされていた…。 そこに行き着いていた。 まずは…。 *** 無数の星の数ほどの車が常にビュンビュンな高速道路地面に目をやれば、いくつもの顔らしき黒い染みが気持ち悪いわけなのだが、彼の場合、ある顔(⇒女の顔!)はすでに脳裏へこびりついてしまい、勤務を離れても瞼を閉じればそのオンナの顔が降り立つのだ。 それはほぼ、くっきりとなのだから、始末が悪い。 しかも…、その顔は、感覚としてではあるが間違いなく死人にしか見えなかったと! 故に、彼にとって、その不気味さは半端なかった。 最も、職場の同僚は特段、そんな染みなど気にも留めておらず、ノブアキの気のせいといえばそれで終わってしまう話ではあった。 *** ”やっぱ、風で山側、えれー、こえーわ。おまけに急に霧が湧いてきてるって!ETCレーンも今日は交通量、やけに少ないし…。これはひょっとすると…⁉” まさに料金所は、強い風でまるで生き物のように大きく揺れ動く暗闇の木々に見下ろされてる絵柄を呈していた。 ”なんて、時間経つのが遅いんだ…” 彼の両目が捉えた収受機に表示されいた時間は、午前2時40分だった…。 ここで、モロゆったりなスピードで、黒い乗用車が白い靄から吐き出されるかのように、ノブアキの立つブース脇に徐行停車した…。 それまで、一般レーンへの流入車は一台もなかった。 なので! この一台が最初のクルマである。 で…、ノブアキのあげた右手の停止シグナルで、クルマが料金収受ブースの真ん前で停止すると…、運転手側のウィンドウが無音で降りた。 そして、そのウィンドウという幕が下った後に表出された運転手…。 それは、明らかに女性であった。 ショートカットの、頬がやや反れ込んだ、骨張り感がドンと視界に訴えるビジュアル…。 ”似ている…。顔の集団のなかで、一番に生ナマなそこオンナと…。やっぱり来たか‼” その認識に至る直前…、ノブアキは通行料課金の基準となる車種判別のため、車番ナンバーを確認していた。 ”練馬ナンバー、3○○のあ…、0948…!もう、確定だ。その車だって!やばい…‼” そして、その車は一目瞭然の普通車で、通常課金、680円であった。 *** 「こんばんわ…、お疲れ様です!普通車通行料金680円です…!」 「…」 この間、ノブアキの両耳には、強い北西の風でそよがれてる杉の大木数千本による、ザワザワな臨場音が何かの息吹として突き届いていた。 そして…‼ 黒いナンバー0948の運転手側のドアウィンドウが静かに開き、運転手のカオがノブアキの視界に映った。 ”カーッ‼やっぱだわ~、この顔…、まさにそこの地面で呻き喘いでいるオンナの死に顔じゃん!” 草木も眠り、そこの元で交尾三昧な秘めごとタイム真っ最中の、丑三つ時…。 ノブアキは、”レイキュウシャ”ナンバーな黒いクルマの運転手とコンタクトを交わす、”その時”がついにココでも起きたことを認識していた…。
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