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勇仁が乗った車いすをデイルームのテーブルの端のところに止め、「では、十二時にまた迎えにきます」というとうなづいた。
そこへ学校の教科書を何冊か手にして現れた女性。ハッとする。女としては背の高い、目鼻立ちが整い、それでいて優しい表情で見てくる。
この人を見たのは初めてだ。しかし、生徒たちの対応や他の看護師たちも新人扱いをしていない。その人がわたくしを見た。
「田牧さん、お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか」
そんなふうに言われて、押し付けられるように出てきた記憶。この人は篠田美玖利、小児科の医師で保育士、学校の勉強も教えている。二年前からここで働いている。そんなデータがまるでプロフィールを検索したように入ってきた。
これは沙羅の叔父だというあの男と同じ現象。そういう記憶を押し付けて、むりやりそう信じ込ませるのだ。
あっちは何者だかなんとなくわかるが、この美玖利という女性は、わからない。別のたくらみがあるのかもしれない。
わたくしは、こんなふうに考えていることを気取られないように一礼して背を向けた。ずっと感じる視線。冷や汗が出そう。
逃げるようにエレベーターに乗り込み、ドアが閉まるとやっとその視線から解放され、体から力が抜けた。
なんかもう、家に帰りたい。
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