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参りました
……昔はよかったなあ。
「史哉ちゃんの仮装、本格的!」って、クラスメイトも先生も驚いていたのに……。
「史哉、おーい、史哉……?」
「は、キラキラしていた時代を思い出していた。ハロウィンはつらいな。年々、仮装のハードルが上がるなんて……」
「もう、そんなに欲しいんだ、史哉は。はい、どうぞ」
ありさは、バッグから何かを取り出した。
「のど飴しかないけど」
「いいのか……?」
俺は顔を上げた。
本当は、ハロウィンを理由にありさにいたずらしたかったんだけどな。
俺たちは付き合っているのに、キスもしていない。
……いつか、ありさに、俺の正体を伝えなくてはいけない。それがなんだか怖くて、俺は恋愛の階段を登れない。
そうだよな、いたずらとかじゃなくて、少しずつ仲良くならなきゃ、な。
「ありさ、ありがとう……って、あれ?」
のど飴は袋に張り付いていて、なかなか出てこない。
しかも……。
「なんか、手がベトベトしてきた……」
「あ、やっぱり、溶けてた? 夏休みにカラオケに行った帰りに買ったやつなんだよね」
「ありさ! いまは10月だぞ! 三ヶ月前の飴をよこしたのか!」
「ごめんごめん!」
「ありさー! いたずらするぞー!」
俺は、逃げるありさを追いかけた。壁際まで追いつめる。
「いいよ」
「……え?」
「してよ、いたずら」
「え、え……」
「できないの? 弱虫ドラキュラさん?」
ありさが微笑む。
俺の好きな顔だ。俺を試すような表情。
あー……。もう、参りました。
ありさは、俺より強い。
【了】
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