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私にはもう未来はないんだよ
妹の未来が開けた窓から、車内に一気に空気が入り込んでくる。四月の風。
隣に座る私は、風の冷たさに身を震わせた。
けれど文句は言わなかった。運転する父も、助手席の母も、無言だった。
北海道にまだ春は来ない。
溶けかかった積雪の表面を撫でるように、冷たい風が吹く季節だ。
皆が寒がるとわかっているのか、未来は窓を少ししか開けなかった。
細い隙間に顔を近づけて、酸素を求める金魚のように口をとがらせて景色を眺めている。
未来の伸びっぱなしの髪が、風になびく。もう一年くらい未来は髪を切っていない。
『大学生になったから、大人っぽくするの』
そう言って、未来は去年の春に美容院で、肩までの髪を大きくふくらむようなワンカールのパーマをかけた。でもすぐに、髪なんかに構っていられなくなった。
未来はダッフルコートの前を開けている。コートの下はニットベスト。その下は、裏起毛のハイネックセーターだ。その下はブラジャーをつけずに、包帯を巻いているはずだ。
いままで狭い手術室にこもっていた未来は、無意識に新鮮な空気を求めているのかもしれない。
『私にはもう未来はないんだよ。だから、『妹』って呼んで』
手術を終えたばかりの未来はベッドに横たわりながら、私に言った。
微笑みながら言ったのだ。
「未来。お腹、冷えない? 窓を開けてもいいけど、コートのボタンを閉めたら?」
私は未来を『未来』と呼びたかった。
「大丈夫、さっきまでお腹を開いていたからかな。ほんわかしているの。お腹も体全体も」
私の方を向いた未来は右手で、下腹部をさすった。未来の中指にあったペンだこは、色が薄くなりかさぶたのようになっている。
未来はまた、おしゃれしたくなるかはず。大好きな漫画が描けるようになるはず。そう思いたい。
未来の下腹。手術室で、ある管をふさいだのだ。
「お姉ちゃん。何度も言ったでしょ。私を『未来』って呼ばないで」
未来はベッドで見せた顔と同じ表情をした。未来は悟りを開いたように、自分の運命を受け入れたみたいだ。『未来』から、未来は距離を置いた。
未来。『未来』という名前を捨てたのは、あなたなりの覚悟なのだろうか。もしそうなら、あなたの決意を私は称えて、受け入れるべきだろう。
「そうだったね。ごめんね、妹」
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