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また次の春が来た。
煮え切らない悠久に、限界だった。心を蝕み続けるだけの関係を先延ばしにしていも仕方がない。
そう心に決めるものの、足踏してしまう自分自身を奮い立たせるため、目黒川の桜を見に行った。
強い風が吹いている日だった。
こんな時でも桜は麗しく咲き、花弁が散る様子は儚く美しい。
華麗に舞う桜吹雪に見惚れ、吹雪が落ち着いたその先に、
悠久が立っていた。
そして隣には、女性の姿があった。
血液が一気に煮えたぎり沸騰し、怒りに身体が震えるのがわかった。
心臓が大きな音を鳴らし、警告音のように耳に響き渡る。
何も考えられない。
「悠久!!」
ただ一言叫んだ。
悠久は振り向き驚愕している。隣の女性も振り返る。
小柄で華奢なハッキリとした顔立ちの美麗な女性だった。
私とは全くタイプの異なるその容姿に、絶望しか湧かなかった。
そして、女性は赤ん坊を抱いていた。
「え??」
沸騰した血液は一気に冷め、極寒の中に放り込まれたように、手足が凍え痺れる。立っているのがやっとだった。呼吸が浅くなり、視線も霞んでくる。
「佳乃!?なんでここに?」
悠久が呆然とし、青ざめる。
酸欠の頭はクラクラして、状況を呑み込めない。
「ごめん。佳乃。本当にごめん。こんなはずじゃなかったんだ。」
今にも泣き出しそうな掠れた声だった。
泣いているのかもしれない。
「ああ、この人が例の元カノ?」
隣の女性が発する言葉に、手足が、体全体がガクガクと震える。
喉はカラカラに乾燥しきって、声も出ない。
もう無理だ。息ができない。逃げないと。
悠久に「佳乃!待って!お願いだから!」と言われたような気がしたが、色彩の無くなった視界の中、どこを歩いているのかもよくわからず、中目黒駅を目指そうとだけ考えた。
その後のことはよく覚えていない。
我武者羅に道を進むが、中目黒駅にには着かない。
やっとの思いで人気のない場所をみつけると、座り込む。
酸素を取り込もうと必死に呼吸するが、息ができない。
もうこれはダメだと思って、地面に倒れこむ。
倒れこんで、なんとか呼吸を落ち着かせ、手足の感覚が少し戻る。
頭の痺れもマシになり、
「私は元カノで、悠久には家族がいた。」
その事実の重さに気付く。
胸を、身体を、大きな大きな鈍器で殴られ、ぐちゃぐちゃにされたようだった。
人目もはばからず、慟哭した。
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