人を人を惹きつけるその瞳

1/1
前へ
/94ページ
次へ

人を人を惹きつけるその瞳

元に戻らないバイオリンを、蒼は、ほぼ、諦めかけていた。 「これでも、いけるかも」 そんな気がする。 懐かしい映像が脳裏に浮かんだ。 父親は、いつも、帰りが遅かった。 家の2階から、玄関を見下ろして、帰りを待っていた。 「ママン。まだ、パパは帰ってこないの?」 「帰ってくるわ。必ず。ここに」 「ここで、待ってていい?」 「そこに居なくても、どこにいても、パパはわかっているから」 「そうなの?」 いつも、帰りを待っているだけだったのに、ある日、母親は、店を早めに閉めると、蒼の手を引いて向かった先があった。 「どこに行くの?」 「パパの居る所」 「どこ?」 「蒼。パパの顔をよく覚えておくのよ」 母親に握られた右手が、今でも、熱い。 あの日、向かった先は、病院だった。 そこで、初めて、父親には、自分、意外に子供が居る事を知った。 「一度も逢った事はない。どこに居るのかも知らない。ただ・・・子供が生まれたって、風の便りに聞いただけなんだ」 病床の父親が、初めて、打ち明けた。 母親と出会う前の日本にいる時、父親には、恋人がいた。まだ、名前も売れていない貧しい二人は、周りに祝福を受ける事はなく、彼女は、黙って、父親の前から、姿を消したそうだ。 「いつか・・・日本に行ったら、探して欲しい」 父親が、自分を見ていた瞳の奥に、自分とは、別の、子供の姿があった。 最初は、受け入れる事ができなかった。 母親から、父親と逢った経緯を聞いて、受け入れる事ができた。 父親の心は、いつも、何処にあったのだろうか。 母親は、そばに居られて、幸せと言うけど、自分は、納得いかなかった。 自分達、親子を蔑ろにされた気持ちだった。 「この国何処かに、自分と血を分けた兄弟がいる」 父親に、似ているのだろうか・・。 自分は、ドイツ人の母親の血を引いているから、さほど、父親には、似ていない。 だけど・・・きっと、その人は、亡くなった父親に似ているのだろう。 思い出すと、胸の奥が痛くなる。 自分達、家族の姿は、他の家族と違っていた。 思わず、唇を噛み締めた。 「あの・・・もう、そろそろ時間になります」 スタッフの声を掛けられて、ハッと、我に返った。 「人は、入っているの?」 会場の人の入りを確認した。 「それが・・・外には、大勢、人が集まっているのですが・・」 開場しても、あまり、人が入ろうとしていない。 会場近くには、人だかりがあって、なかなか、会場へと足を運ばない様だ。 「何があったの?」 「私も、見に行ったのですがね」 スタッフは、やや興奮気味に外での状況を話し始めた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加