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人を人を惹きつけるその瞳
元に戻らないバイオリンを、蒼は、ほぼ、諦めかけていた。
「これでも、いけるかも」
そんな気がする。
懐かしい映像が脳裏に浮かんだ。
父親は、いつも、帰りが遅かった。
家の2階から、玄関を見下ろして、帰りを待っていた。
「ママン。まだ、パパは帰ってこないの?」
「帰ってくるわ。必ず。ここに」
「ここで、待ってていい?」
「そこに居なくても、どこにいても、パパはわかっているから」
「そうなの?」
いつも、帰りを待っているだけだったのに、ある日、母親は、店を早めに閉めると、蒼の手を引いて向かった先があった。
「どこに行くの?」
「パパの居る所」
「どこ?」
「蒼。パパの顔をよく覚えておくのよ」
母親に握られた右手が、今でも、熱い。
あの日、向かった先は、病院だった。
そこで、初めて、父親には、自分、意外に子供が居る事を知った。
「一度も逢った事はない。どこに居るのかも知らない。ただ・・・子供が生まれたって、風の便りに聞いただけなんだ」
病床の父親が、初めて、打ち明けた。
母親と出会う前の日本にいる時、父親には、恋人がいた。まだ、名前も売れていない貧しい二人は、周りに祝福を受ける事はなく、彼女は、黙って、父親の前から、姿を消したそうだ。
「いつか・・・日本に行ったら、探して欲しい」
父親が、自分を見ていた瞳の奥に、自分とは、別の、子供の姿があった。
最初は、受け入れる事ができなかった。
母親から、父親と逢った経緯を聞いて、受け入れる事ができた。
父親の心は、いつも、何処にあったのだろうか。
母親は、そばに居られて、幸せと言うけど、自分は、納得いかなかった。
自分達、親子を蔑ろにされた気持ちだった。
「この国何処かに、自分と血を分けた兄弟がいる」
父親に、似ているのだろうか・・。
自分は、ドイツ人の母親の血を引いているから、さほど、父親には、似ていない。
だけど・・・きっと、その人は、亡くなった父親に似ているのだろう。
思い出すと、胸の奥が痛くなる。
自分達、家族の姿は、他の家族と違っていた。
思わず、唇を噛み締めた。
「あの・・・もう、そろそろ時間になります」
スタッフの声を掛けられて、ハッと、我に返った。
「人は、入っているの?」
会場の人の入りを確認した。
「それが・・・外には、大勢、人が集まっているのですが・・」
開場しても、あまり、人が入ろうとしていない。
会場近くには、人だかりがあって、なかなか、会場へと足を運ばない様だ。
「何があったの?」
「私も、見に行ったのですがね」
スタッフは、やや興奮気味に外での状況を話し始めた。
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