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ヘッドライトが沼を照らす。平穏な水面は誘うような緑だった。イアンとルロイがずっしりと重い綿布を抱えて入って行く。膝までつかったところで2、3回振り子のように振って放り投げる。しばらく浮いていたが、やがてあぶくとともに沈んでいった。振り返ると車の前で跪いたままケニーが死んでいた。皺だらけになってまるでミイラのようになっていた。
「ケニー! そんな」
ローラの肩をイアンがつかんで言う。
「そんなどころじゃない。見ろ……」
フラッシュライトの明かりがいくつも見える。だんだん近づいて来る。人影がキラキラするカネや宝石を持って彼らの方へやって来る。
「なんでもやるぞ。ほら」
「来るな! 化け物ども!」
「まだまだ欲しいだろ? こっちにおいで」
「来ないで! 許して!」
迫って来る老人たちはもう老人ではなかった。セピア色の写真から抜け出したようなめかし込んだ若者だった。イアンはショットガンで手近の化け物を吹っ飛ばしてから、ローラにピストルを渡して言った。
「分かれて逃げるんだ!」
見捨てられたルロイは何人もの年寄りに囲まれ、沼の方にじりじり逃げて行く。
「来ないで。全部返すから許して」
「返す必要はないよ。もっともらっておくれ」
「命だって奪ってくれていいんだよ、ほら」
足をすべらせて急に深くなっているところに沈んでいく。ぼくは泳げないんだ。何かつかまるものは。……ざらっとしたものが手に触れた。あわててつかむと綿布がほどけ、マグライトが中から現われるものを照らした。シャーリーテンプルのような女の子が微笑んだ時、ルロイの肺には大量の水が入っていった。
イアンは森の中を逃げながら、年寄りの群れに向かって何回もショットガンを放った。仲間がくの字になって倒されても老人たちは振り向きもしなかった。撃つたびに体が地面に沈みこむような重さを感じる。自分の手のひらを見ながら、まるでビーフジャーキーだと思った。弾丸はもうない。あってもショットガンを持つ力は残っていないだろう。
「いい子だ。まだ立っていられるなんて」
「死ぬ前にわしも殺しておくれ」
その声もイアンには届いていなかった。愛用のナイフで胸を突こうとポケットに手を伸ばしたところで、彼の意識は途絶えた。
車をようやく発進させたローラはめちゃくちゃに蛇行しながら、逃げようともしない老人たちをなぎ倒していた。タイヤハウスに何か絡まったのか、アクセルを踏んでもスピードが出ずにスピンする。嫌な音がする。サイドウィンドウに老人たちが顔をくっつけてくる。中には血まみれになった者もいる。しゃがれ声でローラは意味のないことを叫んでいた。……ボンネットにとんという音を立てて何かが降りた。
「ギャアアアア!」
あのネコ、シュワルツがローラの顔を正面から緑色の目で見つめていた。ピストルで撃とうとした途端にはさまっていたものがはずれたのか、ガクンと車は走り出し、何人もの年寄りをぶら下げたまま大きなぶなの木に激突した。
「ちょっと早かったんじゃないか?」
「まあ、子どもだらけになっても困るしな」
トーラスが燃え上がり始めたのを見ながら、二人のリーゼントの若者は笑顔を交わした。
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