2.トンネル

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<フリーター信司の話>  まったくなんなんだって感じですよ。ふざけんなって。だってそうでしょ? おれが一体何をしたって言うんですか?  そりゃおれがちょーしこいたのが悪かったとは思いますよ。女の子二人相手にいきがっちゃって、あんなところに行って。  酒? 飲んでないですって。どうしてそんな話になってんのよ、もお。乾杯って口つけただけで、ふだんからおれ酒は飲まないですから。誰に訊いてもらってもいいですよ。  そう。ユウのやつがおれを煽るように言いやがって。 「男のくせに怖いの?」って。レイもくすって笑いやがるし。まったく女ってのは怖いですよね。この世で怖いのは女だって今度のことで思い知らされましたよ。つくづく。    妙な感じがしたのは山道に入ってからかな。いや、高速でもなんかいつもと違う感じだったかも。ステアリングを切り過ぎたり、切り足りなかったりなんか変だったかもしれない。そういうのって運転してる人間しかわかんない感覚ですけど。助手席とかだと絶対にわかんないことだけど、見えないものが運転してると見えちゃうってあるんですよ。でも、ありえないものが見えたとしてもそれを運転していると、ずっと追いかけて見るわけにいかないでしょ? やばいなって思っても。……  はっきりしたのはやっぱり山道に入ってからかな。最初に1台すれ違ったときにはまあそういうこともあるかなって思いましたけど、何台も来るんじゃふつうじゃない。夜中にそれもあんな旧道に黒い霊柩車が通るなんて。  見間違い? 見間違いや勘違いならいいと思いましたよ。レイやユウは気づいてないみたいだったから、おれの目か頭がおかしいんだってことにしとこうって。でも、あの運転席に誰もいない車ってやばいですよ。あれは見ちゃいけない。  トンネルに着いたらふっと気分が楽になったんです。あー、おれすごくプレッシャー感じてたんだってそこではっきりわかりました。 「なんてことないな」ってちょっと違うんですけど、そう思わず言っちゃいました。それで息抜きでもしようって車を降りて。ドライバーってそうやって体動かしたりしないとダメなんですよ。安全運転のためにはね。  それでぶらぶらその辺を散歩して。……え? おれがはしゃいでたって? 誰がそんなこと。 「降りて来いよ」って声はかけましたけど。あいつらは降りようとしなかったです。やっぱり怖いのかなって思いました。そのときは。  車が動き出して、おれが逃げる後から追いかけて来たっていうのはいいですよね? あれは偶然とか事故とかそういうんじゃない。おれはトンネルの中に追い込まれたんだし、おれのパジェロはあいつに操られたんです。あいつの意図が乗り移っていたと思います。  だってあいつは、レイはものすごい顔をして笑ってたんです。きれいな女がどぎつい笑い方をするとあんなに怖いもんだって初めてわかりました。おれは見ちゃいけない、なんであいつがおれに怨みを持っているのか思い出しちゃいけないって、そればっかり考えて必死に逃げました。  今だったら言ってもいいだろうって? もういいじゃないですか。あいつはあんなふうになっちゃったし、おれもこのとおり二度と自分の足で歩けない体になったんですから。……ユウはどうしてたですか? 目に入らなかったです。レイのあのぎらぎらする目が強烈すぎて。もういいでしょ?
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