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<ナース怜子の話>
あの夜のことは話したくないんです。思い出したくもないし。警察も事故だって言うんでしょ? だったらそれでいいじゃないですか。シンちゃんやユウちゃんがいろんなことを言ってるのも聞いてます。あの人たちはそういう無責任な噂をまき散らすのが好きなんです。
シンちゃんって懲りないんだって、なつかしいような気さえします。もうあたしには関係ない。済んだんです。何もかも。……あたしの気持ち? むずかしいですね。説明できるようなことじゃないし。
あたしはそんなひどい女じゃないです。こんな目にあったのにそういうことを言う人の方がひどいじゃないですか。ただ自分ではどうしようもないんです。いろんなものが見えちゃうのは。……高速に乗ってしばらくしてから、屋根の上に誰か乗ってるのが見えたのが最初です。
ええ、シンちゃんの上の天井の向こうが見えるんです。はっきりと。白いふわふわしたものって言えばわかりやすいんですけど、そういう見かけだけじゃなくて、そいつがよくないことを考えてるっていう意志みたいなものも見えるんです。
駅とかホールとか人がいっぱいいるところで、誰か悪いことを考えてるって感じたことないですか? ああいう感じです。あれがこの車に乗ってるとよくないことが起こるってわかるんですけど、だからと言ってどうにかできるわけじゃないんです。
山道に入ってそれはどんどん大きくなって、車をすっぽり包んでしまいました。雲の中を運転してるような感じなのにシンちゃんが運転できてるのがぞっとしました。一体どこに向かってるんだろうって思いました。その白くて気味の悪いものが引っ張ってるんだってことなんですけど。トンネルもこの世のものじゃなかったです。
あんなものはあっちゃいけないんだって、そう思うと胸がむかむかしてきて。……これまで霊感が強いとか言われて、実際田舎のおばあちゃんの家とかうちの病院とかでいろいろ見えちゃったり、声が聞こえたりしましたけど、あのトンネルほどはっきりとした、でも決してあるはずがないものっていうのは初めてです。
あいつら、いえシンちゃんとユウちゃんがすっかりだまされて、トンネルの意志のままに動くあやつり人形になっていたのは、だから仕方がないと思います。……二人はそういうことが見えているあたしをこんなふうにするのに手を貸してしまったんです。結果的にせよ。いえ、二人して最初からあそこにあたしを連れて行こうとしてたんだと思います。こんな言い方はよくないってわかってるんですけど。
車が動き出したのも、シンちゃんが追い掛けられたのも、あたしは、
「逃げて! どうにかして助かって!」って思いながら、どこかで、
「あ、こういうの見たことあるなあ」って気がしていました。
吐き気が止まらなくて無理に息をするような感じで、ユウちゃんが何か言ってるのも耳に入らなかったです。するすると得体の知れないものに導かれているんです。それが残忍な気持ちだって言う人もいるかもしれません。
もうちょっとでトンネルが終わろうとして、シンちゃんがほっとしそうになったのを狙いすましたように、車が襲い掛かりました。ゆっくりとシンちゃんの体に乗って行って。ゴキッて音がして怖いくらい車が傾きました。それまでは夢とか幻で済むんじゃないかって、どこかで思っていました。いえ、願っていたんです。
でも、真っ黒な大きな木がフロントグラスを突き破ってあたしに襲い掛かって来た時、これは間違いなく現実の世界から来たものだとわかりました。ほんの一瞬のことなのにまるでそこだけ黒く縁取りしたみたいにくっきりとした記憶なんです。それがあたしの見た最後のものでした。
こういうことになっちゃうと今までのことをいろいろ思い出してしまいます。もう怖いものは見なくてよくなって、考える時間はいくらでもあるんです。
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