1.置き配

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1.置き配

 元カノと新小岩で飲んだ。江戸川の両岸辺りの住民でないと知らないだろうけど、新小岩は葛飾区であるのに対し、小岩は江戸川区である。であるなんて偉そうに言ったけど、ぼく自身葛飾に移り住んで初めて知ったのだった。のだったなんて重々しく言ったけど、新旧小岩のもつれ問題を明確に認識するようになったのは、ほんの2、3年のことだ。てなことを元カノに言ったのだった。もういいってば。 「でもさ、小岩とか新小岩ってシンプルに総武線の駅の名前じゃない?」 「言いたいのは、総武線の緩行線の駅と快速線の駅が区を跨っていても不思議はないってことかな」 「うん」  鼻際に皴を寄せているのは『緩行線』という鉄オタ的な用語のせいだろう。 「しかーし、駅だけじゃなく、小岩という町も新小岩という町もあるんですよ。因みにこの店は新小岩4丁目なの」 「あんたもすっかり葛飾区民なのねえ」  どうでもいいという感じで言う。 「へ、へ、へ。7年も住んでりゃ根も張るってなもんですぜ」  折角、新大久保は駅名だけで地名になっていないといった実用的な豆知識を用意していたのに残念だ。などということはさておき、どろどろとまではいかないが、それなり揉めて別れた元カノがなぜ今になって連絡を取って来たのだろうか。ま、一周廻ってぼくの良さがこの煮物のようにしみてきたんだろう。いや、彼女はぼくがチューハイを飲んでるのを尻目に大吟醸酒をごぶりごぶり飲んでいるから、奢らせるつもりなのではあるまいか。いやいや、もっと大胆率直にお得な投資話のお誘いなのか。いかん、頭が痛くなりそうだ。 「彼女さんとはうまくいってる?」  ぼくも元カノも今カノも同じ会社だった。 「まあまあかな。安定期だね。いや失言、巡航速度です」 「のろけ方が下手ね。ま、仲が良さそうで何より。身を引いた甲斐があったわ」  何があったわだよ。いろいろ暗躍してたの知ってるぞ、言わないけど。 「友だちの話なんだけど」  さりげなく切り出す。来ましたよ。 「うん、友だちのね」 「相談されてるの。あ、友だちって女ね」 「ああ、うん」  友だちが女性だろうが、男だろうが気にしないよ、だって開明派じゃきになんて顔をして見せる。どんな顔なんだか知らんけど。 「その友だちが最近変なことがあるんだって」  元カノがごぶり。 「変?」  ぼくがちびり。 「置き配って知ってる?」 「知ってるけど、利用したことはないかな。ぼくは家にいることが多いから」  ふうんとふふの間の表情をする。ちきしょう、うまいな。 「で、その友だちって漆黒の企業に勤めてて、朝早く出勤して夜遅くにやっと帰れるって環境だから置き配をちょくちょく利用してるの」 「なるほど」 「でも、彼女のマンションには宅配ボックスとかないし、いちばん奥の部屋だから玄関の脇に置いてもらうことにしてるんだって」 「盗られたりする心配はないってことか」 「盗られはしないんだけど」 「けど?」 「隣のおじさんが預かってくれちゃうんだって。『物騒なんで預かっています。いつでもインターフォンしてね』って付箋がドアに貼ってあって」 「きしょいね。物騒なのはおまえだろって」 「だよね」  そういうことはしないでくださいっておじさんに言えばいいってアドバイスしようと思ったけど、そんなことは友だちだってわかるだろう。元カノはぼくの顔色を読んだように言った。 「うん、そうなの。でも、言いたいことを言えないことって世の中いっぱいあるじゃない」 「あるよね。てか、そんなことばかりだ」  大吟醸のお勘定は誰が払うのでしょうかとか。 「で、おじさんに言う代わりに友だちはどうしたと思う?」 「えっと、おじさんが出て行くようにしたとか?」 「うん、まあ当たらずと言えども遠からずかな」  冬来たりなば春遠からじみたいなことだろうか。ちょっと考える。
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