Ⅶ.お花見

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Ⅶ.お花見

「すみませーん!」  まだ少し距離があるのに、駆け寄りながらタツキが発する。老夫婦は少し驚いた様子を見せながらも微笑んでくれた。 「なんですか?」 「このあたりで、お花見出来る場所って、ありますか?」  すると老夫婦は揃って展望場の景色側を指さした。その先を目で追っていくと、目に鮮やかな桜のピンク色が飛び込んできた。  ……と言っても、だいぶ距離がある。  視界の先、『景色の中』にある山の一つが、桜色に色づいていると表現すればいいだろうか。老夫婦が言う。 「あっちに、花見山ってのがあってね。あそこが花見の名所なんだよ」 「花見山……?」 「それってGoogle先生が言ってたやつじゃないの」 「ああ! それで聞き覚えがあるのか!」 「素直に先生に従うべきだったね」  私達が半ば諦め口調で話している中、そんなことを気にもとめず老夫婦は続けた。 「僕らも年寄りだから、あっちの『人だらけ』は苦手でね。ここから見ているくらいが一番いいんだ。近いと案外見ないんだけれど、少し離れて見ると、桜っていうのは本当に綺麗な色だよね」  タツキはそれを聞いてうんうん、と頷いた。 「確かにそうですね。あっちにいたら、やれメシだ、やれ酒だって、桜どころじゃないかもなあ。リっちゃん、ここから見る桜、すんごいピンクで綺麗だよな!」 「……確かに、無駄なものも見えなくて綺麗だね」 「あのね、ここから花見山が見えるから、ここの地名は『花見ヶ崎』って言うのよ。だからこっちから見たって、お花見はお花見。間違いじゃないのよ」  お婆さんが私達に向かって、優しく笑いかけながらそう言った。  近くの名所『花見山』、それを望む少し離れた『花見ヶ崎』か。なんだか素敵だなと思った。ここからのお花見も、この老夫婦のことも。
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