10人が本棚に入れています
本棚に追加
Ⅶ.お花見
「すみませーん!」
まだ少し距離があるのに、駆け寄りながらタツキが発する。老夫婦は少し驚いた様子を見せながらも微笑んでくれた。
「なんですか?」
「このあたりで、お花見出来る場所って、ありますか?」
すると老夫婦は揃って展望場の景色側を指さした。その先を目で追っていくと、目に鮮やかな桜のピンク色が飛び込んできた。
……と言っても、だいぶ距離がある。
視界の先、『景色の中』にある山の一つが、桜色に色づいていると表現すればいいだろうか。老夫婦が言う。
「あっちに、花見山ってのがあってね。あそこが花見の名所なんだよ」
「花見山……?」
「それってGoogle先生が言ってたやつじゃないの」
「ああ! それで聞き覚えがあるのか!」
「素直に先生に従うべきだったね」
私達が半ば諦め口調で話している中、そんなことを気にもとめず老夫婦は続けた。
「僕らも年寄りだから、あっちの『人だらけ』は苦手でね。ここから見ているくらいが一番いいんだ。近いと案外見ないんだけれど、少し離れて見ると、桜っていうのは本当に綺麗な色だよね」
タツキはそれを聞いてうんうん、と頷いた。
「確かにそうですね。あっちにいたら、やれメシだ、やれ酒だって、桜どころじゃないかもなあ。リっちゃん、ここから見る桜、すんごいピンクで綺麗だよな!」
「……確かに、無駄なものも見えなくて綺麗だね」
「あのね、ここから花見山が見えるから、ここの地名は『花見ヶ崎』って言うのよ。だからこっちから見たって、お花見はお花見。間違いじゃないのよ」
お婆さんが私達に向かって、優しく笑いかけながらそう言った。
近くの名所『花見山』、それを望む少し離れた『花見ヶ崎』か。なんだか素敵だなと思った。ここからのお花見も、この老夫婦のことも。
最初のコメントを投稿しよう!