第7章 仮面王子と踊れない薬師

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第7章 仮面王子と踊れない薬師

第1話 王太子の嗜みは愛でるシトリナイト パスカ龍王国から来訪した王太子と王女の兄妹(きょうだい)。 帰国する最後の3日間は、盛大な舞踏会が開催される。 ミリステアの巨大な城の中でも最も大きな広間を、なんと2年かけて調度品の一新や補修を進めていたという王家主催の舞踏会。 もともと場所を変えて年に1度だけ行われていたけれど、今回は来訪を記念した2度目の開催とあって、多くの貴族たちが参加している。 華やかな会を楽しむ貴族たちの裏で、わたしたち開催側はまさに忙殺となっていた。 クレアたち侍従は参加する貴族たちの迎え入れや会場への誘導、つまりざっくり言えば王族のお世話で済んでいた仕事を名のある貴族たち全員分行った上で閉会後の跡片付けまで手足を動かす。 想像するだけで恐ろしいほどの忙しさと失敗できない緊張感で震えてしまう。 そしてわたしたちはその侍従たちを含めた参加者の急病や怪我に備え、万全の体制を整え対応するのが大きな役目となる。 「メイシィ、今回から貴族相手の薬の調合も担当してるんだっけ?」 会場の近くにあてがわれた救護室の隅、大量の液状薬(ポーション)が入った木箱を積み上げながらマリウスが話しかけてきた。 わたしは返事をしつつ印をつけ終えた紙束の紐を壁にぶら下げる。 「そうだよ。侯爵家まで許可をもらってる」 「さすがだねメイシィ、2級の最高資格じゃん」 「今回のためにもらったようなものだよ、たまたま人が足りなかったんじゃない?」 「そんなことないよ、メイシィの努力がようやく実を結んだんだって。今まで3級なのがおかしいくらいだったじゃん」 「はは、ありがとう」 貴族に対する薬の調合は資格によってきっちり分かれている。1級は王族と傍系(ぼうけい)貴族や公爵、2級は侯爵以下。 とはいえ資格取り立ての薬師がいきなり上流階級の相手に薬を作るわけにはいかないので、爵位ごとに上司から許可を得る。 つまりミカルガさんに認めてもらったのだ。 薬師院 元院長である彼にもらう許可には大きな価値がある。 「それで、常備薬はこれで最後?」 「うん、腰が痛くなりそ……」 「ガラス瓶に木箱だもんね、お疲れ様」 「チェックは終わった?」 「無事にね。1つも過不足なし!」 「よかった~!」 パーティの急病と言えば、腹痛、発熱、怪我、そしてお酒の飲みすぎによる胃もたれ。参加名簿と種族をもとにいろいろな薬を用意しておいた。 今回、薬づくりに参加するのは初めてだったから、先輩方から貴重な話と学びを得て苦労より充実感の方が大きかったと思う。 ただ……次回は苦労が勝ることが目に見えている。 即効性重視の液状薬(ポーション)は料理に近く、素材の調達も時間も手間もかかる。 まさに貴族が利用するにふさわしいというか……自分が使いたいくらいだ、うっかり余らないかなぁなんて思っている。 「結局さ、竜人族用の薬はどうするの?」 「こちらで作ることになったよ。箱の中に入ってる。向こうの薬師さんと担当医さんたちに手伝ってもらってね」 わたしはそう言うと反対側に固まっている白衣の集団に顔を向けた。 パスカ龍王国から帯同してきた医者と薬師の一団だ。 竜人族自体がとても身体が強いので数人しか来ないと思っていたら、たくさんいて驚いたのを覚えている。 何人かがわたしに気づいて手を振ってくれた。 すぐに振り返せば、マリウスが笑い声を漏らす。 「フィクス王女の件ですっかり仲良しだな」 彼らとはつい昨日の一件で知り合いにならざるを得なかった。 集団でじっとわたしを見つめながらも何度もお礼を口にしてくれた姿に、こんなに多くの人員が帯同した理由を察して苦笑いしたのを思い出す。 あんなに元気な王女がいらしたら、そうなるよね。 「失礼いたします。薬師のメイシィ殿はいらっしゃいますでしょうか」 「あ、はい、わたしです」 不意に呼ばれた名前に反応して振り向くと、クレアと似た服装の侍従が入口に立っていた。 見たことのない狸人(りひと)族の男性だ。 わたしより少しだけ背が高く、短い髪の隙間から丸い耳がのぞき、双眸の周りには黒い縁取りがされている。 タヌキらしいふさふさの尻尾がないけれど、ヒューマンとの混血であれば納得がいく。 立ち上がって小走りで近づくと、落ち着いた様子で一礼された。 一瞬気が立った医師たちがおのおの注意を逸らしていく。急病患者の一報ではないと悟ったのだろう。 「火急の用事ではございませんが、ご相談したいことがございます。今しばらくお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」 「はい、わかりました」 マリウスが頷いたのを確認して、私は侍従と救護室を後にした。 「どなたか内密に薬が必要になったのでしょうか?」 「いえ、そういうわけではなく……」 廊下に出ればあちこち足早に歩き去る尻尾や耳やトカゲ頭やタヌキ顔。 誰からも視線を受けていないことを確認して、彼はこっそりとわたしに言った。 「ラジアン殿下があなたをお呼びなのです」 ―――――――――― 「忙しいところ来てくれてありがとう、メイシィ!」 引いたはずの汗がどっと噴き出るのを感じた。 目の前にはいつぞやの王太子殿下が気だるげに腰を掛けたまま片手をひらりと上げている。 それだけじゃない。 隣には殿下の妻であり王太子妃までいらっしゃる! 「ラジアン王太子、アーリア王太子妃にご挨拶申し上げます」 「うん、どうぞ座って」 本来わたしたちのような者は立って話を聞くべきなのだけれど、ここは執務室のような対面ができる部屋ではなく、控室だ。 仕方ないので一礼してソファの反対に腰掛けると、楽しそうな瞳がこちらを映していた。 ラジアン殿下は公式的な場で着用する服装をお召しになっていた。 白地のシャツとブーツには細かい意匠を凝らしており、あとは飾られている外套を羽織るだけの状態にみえる。 もう開始まで残り2時間だから服装に違和感はないけれど、こんな直前でわたしを呼び出すとはずいぶんギリギリのタイミングだ。 「救護室の準備は済んだのかい?」 「はい、全員が揃っております」 「そうか、ならちょうどよいタイミングで君を呼べたようだ」 「ご配慮いただきありがとうございます」 発言はハキハキしているが、気の抜けた座り方を直すつもりもないらしい。 隣の王太子妃は背筋をしっかりと伸ばしたままじろりと隣を見つめている。 「あ、そうだ。アーリア、この子がメイシィだよ」 「そうですか。メイシィ嬢、お話はよく聞いています」 「お会いでき大変光栄でございます。アーリア妃殿下」 アーリア・リア・ミリステア王太子妃。 辺境伯家がご出身のヒューランで、ラジアン王太子とご成婚されたのは8年ほど前だったと思う。 1人息子を手ずから子育てされており、文武両道の凛としたお方と聞いていたけれど、確かに髪と同じ紫の瞳から芯の強さを感じる。 それにしても、夫婦ともどもオーラに圧倒されてしまう。 そのくらいの気概がないとあのラジアン殿下の隣には立てないのだろうなあ。 「話に聞く通り、美しい白い髪に赤い瞳ですね。おばあさまからの遺伝かしら?」 「はい。祖母は兎人(とびと)族でございます」 「そうですか」 アーリア妃殿下は唇をきゅっと閉じたまま黙ってしまった。 社交辞令なのか興味が失せたのかと思ったけれど、ラジアン殿下に目線を送る様子をみるとただ用件を急かしているように見える。 その証拠に、ラジアン殿下がごほんと咳ばらいをした。 「メイシィ、今回の舞踏会で君に見せたいものがある」 「は、はい……?」 「だけれど、残念ながら会場は招待状がないと入れないのだよ。ああ、貴族じゃないからそういう調整ホント面倒」 「ラジアン殿下?」 「怒らないでくれアーリア、ね?」 妻の頬に伸ばした手が、バシンと痛そうな音を立てて落とされた。 「だからねメイシィ、あとで君を呼ぶから、ちょっと細工をして来てくれるかい?」 「細工、ですか?」 その後に続くラジアン殿下の言葉に、わたしは耳を疑った。 「ああ、さくっと『透明』になって来てくれ!」
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