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最終話 完璧です
数日後に戻ってきたリリさんがお義母様からお手紙を預かってきてくれました。
『ルシアちゃん
少しはゆっくりできたかしら?
リリと女子トークしてると聞いてとても安心しました。
そろそろ帰りたいなんて考えてない?
もしそうなら、どこに帰りたいと思ったのかしら?
ジュリアンちゃんのいるご実家かしら?
それともルイスのいるエルランドかしら?
もしかしたら7,全然別のどこかかしら?
焦る必要はないので、ゆっくり考えてね。
ニューアリジゴクは完璧よ。
あまりにも楽し過ぎて、予定より進捗が早いけれど悪いことではないでしょうから、そのまま進めますね。
ノバリス』
お義母様、本当にありがとうございます。
私の帰りたい場所……
パッと浮かんだのはエルランド家のタウンハウスでした。
「そうか、私はもうエルランドの人間なんだ」
そう思った瞬間、何かがストンと胸に落ちました。
私はルシア・エルランドとして生きていきたいみたいです。
もしもこの先、ルイス様に本当に好きな人ができたらって考えると、正直怖いですが。
でも、やらぬ後悔よりやった後悔の方が私には似合っていると思います。
「リリさん! 帰りましょう!」
「おっ? 吹っ切れましたね! お義姉さま」
お義姉さま?
今リリさんは私をお義姉さまと呼びました?
どうやら作戦の進捗状況より先に確認しないといけないことがあるようです。
先触れに向かうというリリさんを見送った翌日、思いがけない出来事がありました。
「ルシア! 迎えに来たよ! すべて準備完了だ。ニューアリジゴクの開店式典には出るでしょう? ドレスは準備してあるよ」
「まあ! ルイス様、ご苦労様でした。会えて嬉しいです。長い間留守にして申し訳ございませんでした」
「そんなことないよ。それより今日は一緒に泊まろう。いよいよ待ちに待った初陣だ!」
「うっううう初陣! こっこここ今夜!」
「そうだよ。今回のミッションが終わったら結婚式をやり直そう。みんなを呼んでお披露目をしよう。もうこれ以上は待てない! ルシア、愛してる」
「ルイス様?」
「ルイスって呼んで」
「ルイス?」
「ああ……君に呼び捨てにされるとこんなにうれしいんだね。ルシア、心の底から愛しているよ」
「私も嬉しいでっっっ」
言い終わらないうちに私の唇は塞がれていました。
ルイス様からの初めてのキスは、私の人生で初めてのキスです。
ファーストキスというものは、学園の裏庭や花壇の茂みでするものだと思っていましたが、そんな機会もなくこの年まできた私は、何の罰ゲームか、たくさんの人がいるホテルのロビーのど真ん中で経験することになってしまいました。
「ルイス様、恥ずかしいです」
「なにが?」
「キスが」
「そうか、では慣れるまで続けよう」
「いえ……せめて部屋でお願いします」
もしかしたら私から誘ったのでしょうか。
それから怒涛の時間が流れ、目が覚めたときはもう翌日のお昼前でした。
初陣を見事に飾ったルイス様は、誇らしそうな顔でまだ眠っています。
なぜでしょう、窓から見える太陽が少しだけ黄色く見えます。
私はそっとベッドを抜け出して鏡台の前に座りました。
昨日と同じ私のはずなのに、昨日とは全然違う私が戸惑った顔で映っています。
夢中だった私たちは、窓を閉め忘れたのでしょうね。
体中に虫刺されの赤い痕がついていました。
かゆくないので不思議です。
体を清めて部屋のテラスに出ると、隣の部屋のテラスからリリさんの声が聞こえました。
「おはようございます、お義姉さま。お体は大丈夫ですか?」
「うん、なんだか少し歩くのが辛いけれど、体は大丈夫」
「あら? あれほど我慢に我慢を重ねていたから、てっきり獰猛なビーストになると思ったのに……やっぱりヘタレはヘタレですね。フンッ! つまんねぇの」
リリさんの毒舌! 強烈ですね。
彼女が義妹に……あれ? ジュリアンって彼女がいるような事を言ってたような?
また確認しなくてはいけないことが増えましたね。
「お義姉さま、心配しなくてもジュリアン様は浮気者ではありません。彼女さんにはきっちり振っていただきました。私がそのように仕向けましたので間違いありません。そして傷心のジュリアンさんにつけ込んだ私の完全勝利です」
リリさん……
「ルシア?」
ルイス様がお目覚めです。
あらあら、目をごしごし擦ってはいけませんよ? 傷でもついたら大変ですからね。
寝起きでポーっとしているルイス様……眼福ここに極まれり!
振り返ると、リリさんの姿はもうありませんでした。
「おはようございます。ルイス」
「おはようルシア。体は大丈夫?」
「はい、少しギシギシしてる感じですが大丈夫です。それよりお腹すきませんか?」
「ああ、そう言えばお腹空いたかな。食堂に行く? それともここに運ばせようか?」
「ではここで」
言い終わらないうちに部屋のドアがノックされました。
ローブを羽織ったルイス様が、不思議そうな顔でワゴンを押しながら戻ってきます。
「なぜか食事が届いた」
絶対覗いてますよね! リリさん!
お互いに照れながら朝食を済ませた私たちは、すぐに王都に向かいました。
ルイス様のご提案で、領地の観光名所を巡りながらの、のんびりした旅です。
三泊ほどしたのですが、窓を閉め忘れたわけでは無いのに、赤い虫刺されの痕は増えるばかりです。
子供の頃にはこんなこと無かったのに、大人になると体質が変わるのかもしれません。
「ルシアちゃん! お帰りなさい!」
お義母様が駆け寄って迎えてくれました。
「ただいま帰りました。長い間すみませんでした」
「青春は満喫できたかい?」
お義父様がいつものように頭を撫でながら言いました。
「はい! とても楽しかったです」
ジュリアンがそっと言いました。
「姉さんも義兄さんも、何と言うか……良い顔になったね」
「ありがとうジュリアン。あなたもね?」
ジュリアンが真っ赤になって俯きます。
私の疑惑は確信に変わりました。
「奥様、来週早々にニューアリジゴク開店でございます」
「はっやっ!」
「早く結婚式を挙げたいでしょ? 結婚式が終わったらジュリアンと一緒にお義父さまのお墓参りに行こうね」
「はいっ! よろしくお願いします」
「お任せください。ああ、それとナンバーワンは初日にチラッと顔を見せるだけで、後は熱烈なファンの方に買い占められているという設定にします。その方が値段を吊り上げられますからね。もちろん買い占めるのはルシア様です」
「そんなにお金無いですよ?」
「一生かけて払ってくださいね」
アレンさんと私の会話を黙って聞いていたルイス様が、急に私を後ろから抱きしめました。
そして私の耳朶に唇をつけてこう言うのです。
「ルイスをお買い上げいただき、誠にありがとうございます。人生をかけて必ず幸せにしますからね」
私の手から完全に離れてしまったニューアリジゴク作戦は、完全に面白がっている義両親によって、迅速かつ確実に進んでいきます。
ああ、今回の作戦名をお伝えしていなかったですね。
『一兎も追わずに三兎を得る! 同じアホなら踊らにゃ損だよ大作戦』です。
今回のネーミングも完璧ですよね?
おしまい
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