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自分探しの旅
私は急いで自室に戻り、準備を始めます。
背負えるバッグに洗面道具とタオルとおやつを入れていたら、ドアがノックされました。
「どうぞ。開いています」
「ルシアちゃん」
お義母様でした。
「お義母様、どうされましたか?」
「ええ、出る前に少しお話しをしようと思って。リリには言ってあるから大丈夫よ」
「そうですか。お話って?」
「ルイスのことよ。あの子ってホントに人の心が分からないのよね。ルシアちゃんもすごく大変だと思うわ。まずは親として謝らせてね」
「そんなことないですよ。私の方がたくさんご迷惑をかけてしまっています。今回の作戦だってルイス様をラスボスのような使い方をしてますし」
「ルイスを救い出すために、ルシアちゃん頑張ってくれてるんだもの。何の問題も無いわ。私ね、領地にずっといたでしょう? その時に思ったのだけれど、ルシアちゃんのやりたいことって何かしら」
「やりたいことですか? う〜ん。考えたことが無かったですね」
「そうでしょう? あなたは今まで周りの人間のためだけに生きてきたんじゃないかなって思ったの。そう考えたらルイスのお嫁さんっていうのはちょっと横に置いて、まずはやりたいことを探すのがルシアちゃんのためかなと思うのよ」
「ありがとうございます。やりたいことですよね? すぐには思いつかないです。ちょっと真面目に考えてみますね」
「そうね。まずはルシアちゃんが少女に戻るというのもひとつの方法かもしれないわ。あなたは子供でいて良い時間が短すぎたわ。少女時代って大人になる前の大切な時間なの。だから回り道をしてでも取り戻すべきよ。私はルシアちゃんの味方だからね? リリがいれば危険なことはさせないはずだから、安心して楽しんでいらっしゃい」
「ありがとうございます。お義母様」
私はお義母様の思いやりに感謝しました。
幼い頃から、誰かに無条件で肯定されるという経験をしてこなかったので、少し戸惑いもありますが、どうしようもなく嬉しかったのです。
ついお義母様に抱きついてしまいました。
お義母様は私の背中を優しくなでながら言葉をつづけました。
「ルシアちゃんの青春は今から始まるのよ。青春って年齢は関係ないの。迷って傷ついて、それでも成し遂げようともがいてみなさいな。人生には絶対に必要な時間よ」
お義母様はそう言うと明るく手を振って出て行かれました。
しみじみとありがたさを嚙みしめていると、入れ違いに今度はルイス様が入ってこられました。
「ルシア、どうしても行くの?」
「はい、ご心配を掛けますが行ってみたいのです」
「リリからも絶対に危険なことはさせないって言われたし、ルシアがどうしてもと言うならもう止めないけど。私はルシアがいないと寂しいし、いつもルシアのことを考えているってことは忘れないで欲しいな」
「ありがとうございます。私もルイス様のことをいつも考えていますよ」
「ホントに?」
「ええ、ホントに」
「絶対に?」
「ええ、絶対に」
「寝る前も?」
ルイス様の後ろでポカッという音がしてました。
「しつこい!」
リリさん、ありがとう。
ルイス様はギュッと私を抱きしめて、叩かれた頭を摩りながら出て行きました。
ここは私の住む家ですし、居心地が悪いわけではありません。
ルイス様も毎日帰ってくれますし、大好きな仲間もいます。
でもなぜでしょう、リリさんと一緒に行けるという事が嬉しくて心が踊るのです。
「リリさん! よろしくお願いします」
私は優しく微笑むリリさんと一緒に立ち上がりました。
「奥様、馬には乗れますか?」
「ええ、領地が山の中だったので、乗馬だけは自信がありますよ」
「でしたら馬車ではなく、騎乗で行きましょう」
私たちは特に急ぐわけでもなく、おしゃべりを楽しみながら領地を目指しました。
初恋は何歳だったかとか、相手は誰だったのかなど、まるで女学生のような恋バナで盛り上がりました。
ただ残念だったのは、リリさんの初恋が5歳だったのに、私は20歳だったことです。
どんだけ遅いんじゃ! と言われましたが、こればかりは仕方がありませんよね。
本当にそれどころではない十代だったのですから。
その時初めてお義母様がおっしゃった少女時代を取り戻しなさいという言葉の意味がわかりました。
お金が無くて諦めた学生時代の学年旅行に来ているような気分で、下らないことで笑い合ったり、悩みを打ち明け合ったりしている間に心の瘡蓋がきれいに剝がれ落ちていきます。
瘡蓋ということは、自分でも気づかないうちに傷ついていたということですよね。
リリさんはしきりとジュリアンのことを聞きたがりました。
仕方なく、7歳までおねしょをしたことや、初めて乳歯が抜けたとき半日泣き止まなかったことなどをお話ししました。
宿泊する湖畔の古城は、思わず感嘆の声を上げてしまうほど素敵です。
チェックインの手続きをしたリリさんは、すぐに出掛けて行きました。
リリさんが戻るまで私は1人です。
新婚旅行だと一目でわかるようなカップルも数組いて、今更ながら1人だということを実感します。
考えてみると、こうやって何もすること無く過ごすのは初めてです。
食事を終えた後、湖を一望にするテラスで紅茶をいただきながらボーッとしました。
湖を見ると、さっきまでまん丸だった太陽が、最後の輝きを放ちながらゆっくりと沈み、この世とは思えない美しさを見せつけています。
「夕日がきれいですよ、ルイス様」
1人きりでいると、思ったことを口に出してしまうようです。
それから毎日私は湖畔の散策し、自分の今までの人生を浄化していきました。
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