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私がルシアです
私の父セレス・オースティン伯爵はもう長いこと病床にいます。
私が15歳の時にずっと患っていた病が悪化し、もう5年もほとんど寝たきりの状態なのです。
だから私は15歳の時から内政管理と領地経営を代行しています。
といっても、ほぼ森林という何も旨味の無い領地なので、さほど手はかからないです。
そのような領地ですから当然のごとく収入は少ないので、内政管理は楽なものです。
それこそ15歳の小娘でも学業の合間にできてしまう程度です。
父には妹が一人います。
彼女は父とよく似たタイプの人で、人は良いけれど気が弱いです。
要するに押しに弱いわけです。
平たく言うと高確率で貧乏くじを引くということですね。
だから今回のような話を持ってくるのでしょう……
私は二人とは全く逆の性格ですから、母に似ているのだろうと思います。
母は弟を出産して、その時に亡くなっています。
だから5歳下の弟は、母の愛も父の温もりもほとんど知らない不憫な子なのです。
性格は父方の特徴を受け継いだのでしょう。
頭は良いのに勿体ないなぁとは思いますが、私はこの弟が可愛くて大好きなのです。
それはもうペットのごとく、無茶苦茶に撫でまわして愛でてしまいます。
この国は女性の爵位承継が認められていないので、オースティン伯爵家は弟が継ぎます。
それは問題ないのですが、弟はまだ学生でその権利がありません。
爵位承継は成人していることが条件なのです。
当たり前ですが、未成年の子供しかいない当主が、突然死亡するということも有り得ます。
その場合は、承継する予定の子供が成人するまでの間、国が領地経営を代行してくれるシステムがあるので助かります。
しかし、我が家の場合は父がまだ存命なので、そのシステムは利用できません。
だから私が頑張るしかないのです。
あっ! 申し遅れましたが、私の名前はルシア・オースティンです。
今年で二十歳を迎えましたが、一般的なご令嬢方とは違い婚約者もいません。
全くお話が無かったわけでもありませんが、父の看病と弟の世話に明け暮れているうちに……というありがちなパターンですね。
でも不満は無いのです。
なんせうちは貧乏なので、ドレスも買えませんし宝石などもっての外です。
持参金など用意できるわけもありませんしね。
そんなこんなで看病と家事に追われていたある日のこと。
「来たわよ~。ルシアちゃん」
「あら叔母様、いらっしゃいませ。お元気そうで何よりです」
「ふふふ、ルシアちゃんも元気そうね? 兄さんはどう?」
「相変わらずです。お医者様はもって一年と仰っていますが」
「それって去年も言ってたじゃない? まあ一日でも長く頑張ってほしいけれど」
「ええ、大きな病院かサナトリウムに入れば良いのでしょうが、高すぎて……」
「そうよね……うちも助けてあげられるほどの力も無いし」
「父も納得していますし、このまま自宅療養させますから」
「本当にあなたは頑張っているわ。義姉さんが早くに逝っちゃったから、苦労は全部あなたが背負っているものね」
「そんなに苦労してないですよ?学校もなんとか卒業できたし、結婚願望は無いし」
「結婚願望って……無いの? 私、とっても良いお話を持ってきたのだけれど」
私は叔母にわからないように溜息を吐きました。
「叔母様、以前にも申しましたように……」
「ちょっと待ってルシアちゃん! 先に話を聞きなさい! 女の幸せはやっぱり結婚なの! 諦めてはダメよ」
「諦めているわけではないですが、現実問題として」
「だ・か・ら! いいお話なんだってば!」
こりゃ誰かに相当言い含められて来てるな~と悟った私は、応接室に叔母を案内しました。
我が家の使用人は三人しかいませんが、とても優秀なので、私たちがソファーに座ると同時に紅茶が運ばれてきました。
「叔母様? 今度はどなたの後妻話ですか?」
「違うのよ! ルシアちゃん。今度は後妻なんかじゃなくて初婚よ! しかも王宮務めの超優良物件。なぜお話が来たのか不思議なくらい素敵な方よ?」
「私にそんな良いお話が来るというところが、すでに胡散臭いというか。裏がありそうというか」
「まあルシアちゃんったら~。先方様から是非にってお話だもの。裏なんて……無いはず?」
「はずって! で? そんな怪しいお話を下さったのはどなたですか?」
「あなたの学園の二年先輩で、エルランド伯爵家のご嫡子ルイス様よ」
私は思わず立ち上がってしまいましたよ。
ええ、はしたないです。
でもルイス様って聞こえた気がして……
「え? ルイス様? あのルイス様ですか? あの歩く宝石の? リアル天使の? 微笑みひとつで国を滅ぼせると言われた? いやいやいやいや、ないないないない」
「え? ええ、そのルイス様? よ?」
叔母さまは私の顔を見て小首を傾げました。
私があまりにも顔を赤らめて興奮しているからでしょうね。
あれ?間違えちゃったかな? っていう顔をしておられます。
「ルシアちゃん、ルイス・エルランド伯爵令息と面識が?」
私は心を鎮めるために目の前の紅茶を一息に飲み干しました。
「エルランド伯爵令息が在学中に、あの方の顔を知らない令嬢がいたら、間違いなくモグリです! それほどの有名人でいらっしゃいます」
「まあ! では学園でルシアちゃんを見染めたのかしら」
「それは百回生まれ変わっても無いと自信と責任をもって断言できます。私など視界にも入って無いですね。それに、あの方は常に高位のご令嬢に囲まれておられましたし」
「そんなにモテてたの?」
「ええ、それはもう。我が国の王女殿下……今は女王陛下ですわね、それに隣国から留学しておられた王女、公爵令嬢から下は男爵令嬢、果ては侍女やメイドまで、あの方に憧れていない女性はいませんでしたわ。中には男子生徒もちらほら混ざってたりして」
「ルシアちゃんもなの?」
「私は遠くからお見かけするだけで十分でした」
「話もしたことないの?」
「当然です! 会話するなど恐れ多くて寿命が尽きてしまいます」
「まあ、ではこのお話って夢のようなお話じゃなくて?」
「そうですね、もし本当に本当なら夢のようなというレベルではなく、夢そのものです」
「それにね、あちらはこの家の困窮もご存じで、結婚するなら援助金をご用意下さるそうよ? 信じられない程の好条件でしょ?」
「それが本当に本当に本当のことなら素晴らし過ぎるお話ですが……これは、相当な理由がありそうですね」
「あらあらルシアちゃん? 女は素直が一番よ?」
「素直に申し上げておりますが、それでそのお話が本当だと仮定して、どのくらいご援助いただけるのでしょうか」
「あら、いきなり現実的ね。すぐに飛びつかないところが義姉さんそっくりだわ」
「夢ではお腹は満たされませんので」
「具体的な金額のお話はまだなのだけれど、兄さんの入院費やジュリアちゃんの学費、それに残っている借金は大丈夫みたいよ?」
「まじっすか!」
あら、あまりの好条件に言葉遣いが……ほほほ。
「ルシアちゃん?」
「失礼しました。あまりにも非現実的なもので。この家の地下で金塊が見つかったという方がまだ信じられるほどです」
「そうね、お金は大事よね。それで先方の条件なのだけれど」
そら来た! と思いましたよ。
世の中こんなにおいしい話なんてあるわけないですよ。
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