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「え?」  ユカは自分が酔っているのかと思った。そのせいで、目がぐらぐらと回っているのかと思った。しかし、現実は違う。死者に手向けられた花を落とした空き缶が、信じられないスピードで回転しているのだ。 「ちょっと、なにこれ……」  彼女は目をきつくつぶった。まぶたの裏のハレーションをやりすごし、ふたたび目を開く。  すると。 「あれ? 止まってる」  さっきまでの回転がうそのように止まっている。空き缶は静かに地面に転がっているだけだ。その横には、ケイタの靴の右足も転がっている。 「気のせいかな? ねえ、ケイタくん。今の見た?」  そう言って、ケイタの方に向きなおる。その瞬間だった。空き缶のわきの靴がびゅんとケイタの方に飛んでいった。 「おっ。ラッキー」  酔っ払っているケイタはなんの疑問も持たず足もとに戻ってきたオールデンに足を入れる。その瞬間、ケイタがぐりんと白目をむいた。そして、露出している彼の右脚の脛に醜悪な顔があらわれた。 「ウガアアア!」  その顔が突然吠え、ユカの首に噛みついた。  ああ、そうだ。ケイタくんが、靴を飛ばしてお供えの花を倒したんだったーー  ケイタの脛にあらわれた大きな口は、ユカの首を喰いちぎろうとしている。皮膚が伸びる。ぶちぶちと音を立てて肌色が避けていく。ユカの首すじから真っ赤な血が吹き出た。不思議と痛みは感じない。もうダメだと思った。意識が遠のく。足から力が抜ける。肩にかけたトートバッグが重力のままに落ちていく。アスファルトについた瞬間、フラップが開き地面に中身が飛び散った。  スマホに財布にタオルにリップ。それらが四方に散らばった。そして、手つかずになっていた弁当箱はプラスチックの蓋が開き、中身をアスファルトに散乱させた。 「ダベモノオオオ!」  その瞬間、瘡が叫んだ。ユカの首すじから口を外す。ぎざぎざの歯が皮膚から抜ける。ケイタの脚がぐりんと外に回転する。ささえになっていた左足がぐらりと揺れる。ゴンと音がしてケイタの身体が地面に落ちる。ユカは地面に膝をついた。 「どういうこと……?」  現状が理解できないユカは、腹から倒れたケイタの方に視線を移す。彼の脚に現れた人面瘡がアスファルトにぶちまけられた弁当をむしゃむしゃと食べていた。 「なによ、これ……?」  首から血をたれ流してユカは地面にぺたりと座りこんだ。ケイタの脛にできた醜悪な顔がガチガチと歯を鳴らして弁当を食べている。そして横断歩道の近くでは、倒れた花瓶とユリの花が無関心に曇った夜空を見あげていた。上空から、涙のような雨がひと粒落ちてきた。
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