中編

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 阿呆(あほ)のクニちゃんが死んだのは、十月のはじめ頃だった。クニちゃんの家は母子家庭だったのだが、母親が朝に目覚めたとき、クニちゃんはすでに死んでいたそうだ。  元気だったクニちゃんが急死したために、警察は母親の虐待を疑ったようだが、近所の人たちはそれはないと噂していた。 「あの人が虐待するわけないやんか。警察の目は節穴なんやろか」 「ちゃんと捜査してほしいもんやで」  大人たちと同様に、智哉たちも虐待ではないと思った。  クニちゃんを遊びに誘うときなど、家にいくと母親はよく泣いていた。 「いつも國夫と仲良くしてくれてありがとうねえ。これからも遊んでやってねえ」  そんな母親がクニちゃんにひどいことをするとはとても思えなかった。  結局、クニちゃんの死因はうつぶせに寝たことだと判明した。知的障害があったクニちゃんは、寝返りがうまくうてずに、うつぶせのまま窒息したのだった。  四十九日が終わってまもなくに、母親はどこかに引っ越していった。その後の母親がどうしているかは誰も知らない。  クニちゃんが死んでから半年ほどが経っていた。S町桜公園は智哉たちの遊び場ではなかったが、通り道にはなっていた。  ちょうど桜が咲いている時期で、男子ばかり六、七人で公園を通っていた。すると、そのうちのひとりが桜の樹を指差して言った。 「クニちゃんがおる……」  見れば、満開の桜の下にクニちゃんが立っていた。  死んでいるのだから幽霊に違いないが、不思議と誰も怖がりはしなかった。 「クニちゃん、阿呆(あほ)やなあ。死んだらあの世ににいかんと。ここにいたらアカンで」  誰かの言葉にみんなが笑うと、クニちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた。 「また猿踊りがはじまった」  猿踊りをしたまま、クニちゃんはすうっと消えていった。そして、なぜか消える寸前にこう呟いた。 「ともや……」  名前を呟かれた智哉は、理由がわからず困惑した。だが、一緒にいた男子たちは智哉を羨ましがった。 「ええなあ」 「俺も名前をよばれたかった」  幽霊に名前をよばれるのは貴重な体験だと羨望されたのだ。
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