後編

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後編

(でも、なんでクニちゃんは俺の名前を呟いたんやろか……)  当時のことを思い出して、不思議に思っていると、明里がこんな話をした。 「そういや、クニちゃんの幽霊が出たっていう桜は、何年か前から花が咲かんようになってるで」 「え、そうなん?」 「うん、今年も咲いてへん。あっちに見にいってみ。どの桜かすぐにわかるよ」  明里はそう言いながら、右手側を指差した。 「なんで咲かんの?」 「さあ、理由は知らへん」 「なんか気になるな。ほんまに見にいってみようかな」 「うん、いってらっしゃい」  そう言って送りだされた智哉は、実際に桜を見にいってみた。  なるほど、明里の言うとおり、どの桜かすぐにわかった。  葉すらもつけていない裸の樹が一本立っている。花が咲いていないために、付近には花見客の姿がなく、ブルーシートも敷かれていない。明里が言っていた桜はこれだろう。  また、子供の頃の記憶を辿ると、周囲の景色に覚えがある。クニちゃんの幽霊が立っていたのは、確かにこの樹の下だった。 (なんで、この桜だけ咲けへんのや。クニちゃんの呪いか……)  つまらないことを考えながら、智哉は樹に近づいていった。すると、樹の根っこのそばに、尖ったものが見えた。なにかが土に埋まっているらしい。  智哉は身を屈めると、尖ったものを摘んだ。引っ張ってみると、土から簡単に抜けた。金属らしき細い棒に、桜の花らしき飾りが施されている。 (かんざし……?)  摘んだかんざしらしきものを眺めていると、隣に誰かが立つ気配を感じだ。見れば、着物の姿の若い女性が立っている。  智哉はほとんど無意識のうちに、その女性にかんざしを渡していた。渡してから、(なんで渡したんやろ)と疑問に思った。  女性は智哉に深々と頭をさげると、すうっと足もとから消えていった。女性と一緒にかんざしも消えた。 (え? なに、まさか幽霊? 昼間やなのに出た?)  智哉は訳がわからずに、その場に突っ立っていたのだが、はっと思い至ることがあった。 (もしかして、今の幽霊ってキヨさん……?)  それから、さらにいろいろと意識に落ちてくるものがあった。
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