前編

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前編

(ほとんど変わってへんな……)  駅の改札口を出た川上(かわかみ)智哉(ともや)は、あたりを見まわしてそう思った。閑静な住宅街でありながら、自然もちらほら残っている。都会から距離のある地方都市然とした町並みだ。  腕時計を確認すると昼の十二時過ぎ。同窓会は二時に開始だから、一旦実家に帰るという手もある。だが、そうするのはなんとなく面倒に思えて、早めにS町桜公園にいってみることにした。 (阿呆(あほ)のクニちゃん、またおったりして)  考えるともなく考えながら、S町桜公園に足を向ける。  晴れた空が春らしく霞んでいた。    智哉は高校生のときまでこの町に住んでいた。しかし、他県の大学に入学したのをきっかけに、実家を出てひとり暮らしをはじめた。それからしばらくして、両親も隣町に引っ越し、以降はこの町を訪れていない。  現在の智哉は二十七歳だ。およそ十年ぶりにこの町にやってきたことになる。  今でも小中学校で同級だった幼なじみなど、この町の数人と連絡を取り合ってはいる。隣町の実家に帰省したさいなんかに、彼らと会って昔話に花を咲かせることもあった。だが、会う場所はもっぱらどこかの居酒屋で、この町に足を踏み入れることはなかった。  しかし、一ヶ月ほど前に幼なじみのひとりが、こんな電話をかけてきた。 『同窓会をするって話になってるんや。お前も()えへんか?』  小学五年生のときの同窓会らしかった。日取りは四月最初の日曜日で、場所はS町桜公園を予定しているという。花見も兼ねての同窓会とのことだった。 「S町桜公園ってどこやったっけ?」 「ほら、あっこやん。阿呆のクニちゃんが幽霊になって出たところ」  言われて智哉は得心した。 「ああ、あの公園か。あっこS町桜公園っていうねんな」 「そうやねん、俺も大人になってから知ったわ」  幼なじみとそのようなやりとりをして、智哉は同窓会に参加することになった。  昔の記憶を辿りながら、智哉はS町桜公園に向かう。迷わないか不安もあったが、存外に駅からの道を覚えている。順調に歩は進んだ。 (そういや、阿呆のクニちゃんって、苗字なんやったけ……)  一瞬悩んだものの、すぐに思いだした。 (ああ、サワダやったな……)  沢田ではなく澤田だったことも思いだした。
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