III

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◆◆◆◆  月明かりと街灯が照らす(おごそ)かで静謐(せいひつ)な王都の街並みは、積み重ねられた歴史が香り立つかのような趣きがある。 「先ほどのはルカトーニのピアノソナタ第十一番ですね」 「えぇ、今では愛称で呼ばれる方が多いですが」 「あぁ、――〝月夜の悪魔(ディアボロ・デラ・ルーナ)〟。確かに貴方の演奏には悪魔が宿っていると言う人も居るでしょう」 「買い被り過ぎです」 「そうでしょうか。最も僕は悪魔というよりは〝女王〟という方が相応しいと思いますが」 「なぜ?」  彼女はロレンツォが露店で購入したソフトクリームを受け取ると一言、感謝を伝えた。 「多くの演奏家は、この曲を弾く時に相手の心を自分の世界に引き込み奪おうとする。まさに悪魔のように。そして、その弾き手の気持ちは演奏に大なり小なり現れるものです」 「私は違うと?」 「えぇ、貴方の演奏はあくまで相手に捧げさせる。心をね」 「ですが、それは悪魔よりも、もっとタチの悪いものかもしれませんよ?」  彼女はロレンツォの顔を紫水晶(アメジスト)のように輝く瞳で挑戦的に見つめる。 「なぜです?」 「相手に選ばせるということは、(ともな)う責任も何もかも背負わせることです」  
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