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VI
◆◆◆◆
【フィオナ大通り】
この通りにはルカトーニが常連だった葉巻屋やレンハイム・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地がある。
道中ではロレンツォの友人への誕生日祝いを選びに宝石店に足を運んだり、音楽関連の本を扱う店にも立ち寄った。
ロレンツォはルカトーニ生家でのアンジェリカとの会話を思い出す。
彼女が語ったのは、ルカトーニの曲作りの根幹にあるもので自分も同じものを感じている。
だが、本当にそれだけか。
杖が落ち着かぬ心を表すように揺れ動く。
長年、熟成された葡萄酒を口に含んだ時のような一言で表せない甘美で心地良い煩わしさが口の中に広がる。
「Sig.naヴィヴァルディ、私も貴方と同じものを彼の曲から感じています。ですが、別の見方もできませんか?」
「どういうことでしょう?」
「言うなれば〝点〟と〝線〟です。私達は彼の曲を線のように見ています。学生時代の初期があり、前期とも中期とも言える時代の明るい曲、そして晩年まで変わることのない悲哀に満ちた曲」
「えぇ、私の解釈も同じです」
「ですが、音楽は語られる時には線で語られがちですが、作られる時は点で作られると僕は思うのです。作り手の感情は喜怒哀楽に揺れ、あっちこっちに飛び回る鳥のようなもの。迷いながら、決められた景色などない着地点に降り立つのです」
「大切なのは結果ということですか?」
「結果は勿論大切ですが寄り道にこそ、人の生きた証は残るのです。今、それをお見せします。転ばぬように気をつけて――失礼」
「あっ――」
ロレンツォに手を握られた彼女が、次の言葉を紡ぐ前に彼は走り出していた。
橋を小走りで駆け抜け、その先にあるいくつかの店を素通りするとモダンな雰囲気のカフェが見えてくる。
だが、ちょうど店主と思われる高齢の黒人女性が扉の看板を〝閉店中〟へと変えたところだった。
「今日はもう閉店時間でして……」
「失礼、Sig.ra.。ご迷惑をかけてるのは重々承知の上でお願いしたい、ピアノを何曲か弾いていただけないだろうか?」
「素敵なカップルのお願いだし聞いてあげたいけどね……」
「今日は何の日かな?」
「そりゃPrimo d'Aprileですよ」
店主の言葉を聞いたロレンツォは、満面の笑みを浮かべて看板を〝開店中〟へと直す。
「Primo d'Aprileには奇跡が起きるものさ」
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