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第2話
「とうとう断崖絶壁に挑戦する日がやってきたな」
登山家の姿になった光が、握り拳を作って熱く語った。
「いや、それだと当初の目的と変わっているんだけど」
「え?」
「ええ?お前、まさか登山しに来たんじゃないよな?」
勇士は光の天然ぶりに驚かされた。
「ははははっ、まさか」
こっちが、まさかだよ。
「はあっ、とにかく無理はせず、行ってみよう」
光と勇士は人気のなくなった神社の境内から裏手に回り、禁足地の入口にやって来た。
「これ紙垂って呼ばれる紙だね」
入口を塞ぐように神社の注連縄(しめなわ)に掛けるのと同じような紙が、張り巡らせてあった。
「よく知ってるな。やっぱり破くのはマズイのか?」
「破かなくても、脇から入れるよ」
紙垂を避けて、脇の大きな木を回って奥に入り込む事が出来た。
「急坂ではあるけど、境内で見た程の断崖絶壁ではないな」
「そうだね」
2人は覚悟を決めて、足を踏み出した。
光が先に進み足場を確認する。
勇士は光の使った足場を見ながら、そこに足を重ねていく。
1ヶ月の訓練で体力も付き岩場に足を置く事も出来るようになったので、岩山の半分まではあっという間だった。
そこから本当の断崖絶壁になっていたが、誰が掛けたのか鎖場が出来ていた。
「鎖は補助か。確かに鎖にぶら下がって登りたくなるな」
「登山家が、それをダメだって言うんだから理由がある筈だよ」
「分かった。でもお前が先に行け」
「何で?」
今までは光が足場を確認してくれていたのに、疲れてしまったんだろうか?
「分かったよ」
勇士は光が疲れたなら、今度は自分の番だと意気込んだ。
「その前に、エネルギーチャージしようぜ」
「ああ、そう言えばエネルギーが足りなくなってきた気がする」
2人はエネルギーとなるゼリードリンクとおにぎりを食べて、別に水分も補給した。
「ふう、じゃあ、行くか」
「慎重にな」
勇士は一歩一歩を確認しながら手、足と順番に登っていった。
頂上が見えた時に、勇士が足を踏み外し、崖の下に落ちていく。
ブランブラン
「ぐぅっ、大丈夫か?綱と鎖に掴まれ」
光と繋がった命綱で、勇士は下まで落ちずに済んだ。
「ごめん、助かった。体重かけちゃったけど大丈夫?」
死ぬかと思った。
ドキドキする心臓に落ち着けと言い聞かせながら、勇士は急いで、綱と鎖に掴まり足場を探した。
「大丈夫だから落ち着け。俺の事は気にするな。上がれるなら俺の前に行け」
「うん」
勇士は光に言われるがまま、慎重に足場を探して登り直した。
光の体の脇に沿うように、追い越して上に進む。
足を滑らした場所は使わず、他に手と足をかけた。
「もう少しだ、気を抜くな」
「うん」
今、分かったよ。
勇士が足を踏み外した時の為に、先に行かせたんだ。
マジでいい奴じゃん。
とうとう頂上に手を伸ばして、登りきった。
「着いた~死ぬ~」
「疲れた~祠は?」
体力の差なのか、頂上に着いて早速、光は祠を探し始めた。
「あっ、勇士、こっち来て見ろ」
天辺の裏側に細い足場と祠が見付かった。
「え?ミイラ」
「マジか」
十穀絶ちで体から余計な脂肪や水分をできる限りそぎ落として、内臓に虫がわかないように漆を飲むと言われる即神仏だ。
「拝んでいこう」
「そうだな」
「何か願ったの?」
「ああ」
「何か叶えたい事があって、ここに来たの?」
「最初は別の願いがあったけど変わった。こんな毎日がずっと続くように願った」
「僕は、ここにずっといられますようにってお願いしたよ」
実は勇士は来月、親の転勤で東京に戻る事が決まっていた。
神様にも叶えられる願いと、叶えられない願いがあるだろう。
親の転勤はどちらだろう。
◇◆◇
引っ越しの日
「見送りに来てくれてありがとう」
光は、駅のホームまで見送りに来てくれていた。
「これ餞別(せんべつ)」
光がくれたのは、三間坂神社の御守りだった。
「家内安全って書いてあるけど」
「家内安全って何だ?」
「ぷっ、知らないよ。はははっ」
「俺、東京の大学に行くからな。また登山しようぜ」
「登山サークルのあるとこがいいかな?」
「なければ2人で作ればいいんだ」
「そうだね」
「そろそろ中に入るぞ。光君、東京にも遊びにおいで」
「ありがとうございます。俺、遊びに行きます」
「うん、待ってるよ」
「またな」
光と勇士は、最後に抱き合って別れを惜しんだ。
結局、転校しなきゃいけなかったけど、光とは今も連絡を取り続けている。
今度の連休には、東京に遊びに来るとメールがあった。
僕達の友情が続いてるんだから、即神仏が願いを叶えてくれたと言えなくもないのかな?
僕達が禁足地の山に登ってミイラを見た事は絶対に秘密だよ。
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